「あなたが祢々切丸さんですね」

 新しい大太刀を迎えるのは久しぶりのことだ。
 初めての対面。高揚する気持ちを抑えつつ、彼に向き合う。

「私が審神者であり、この本丸の主です。あなたがこうして力を貸してくれること、本当に光栄に思います」

 大太刀は皆、強力な戦力となってくれる。新しい刀剣男士、そして大太刀である彼へ膨らんでしまう期待。しかし顕現した祢々切丸は、そんな期待をも吹き飛ばしそうにたくましく、神々しさを纏った刀剣男士であった。

「誰のことを考えておるのだ」
「え……っと……」

 予想外の質問を受けて、たじろいでしまった。小手先の通じない、肉体派に思えた彼に考えていたことを見透かされたことにも驚いた。やましい気持ちはない。私は素直に祢々切丸さんの問いの答えを探した。
 誰のことを考えていたか、という問いだった。それに答えるならば。

「貴方がここに慣れるまで、手助け役になってくれる刀剣男士のことを考えていた、と思います。しっかりと”己”というものを持っていますから、最初は驚くかもしれませんが、必ず貴方の力になってくれます」
「その刀剣男士とは親しいのか」
「え?」

 まだほとんど何も知らない彼がそう聞いてくるのだから、祢々切丸さんにはそう見えたのだろうか。何の気もなしに座っているつもりだったが、言葉の端々に彼への信頼がにじみ出てしまうのは仕方がないと思う。
 刀剣男士たちにはそれぞれの良いところがある。それぞれの歴史、それぞれの姿、戦い方……それらに優劣をつけるつもりはない。けれど、”彼”には特別と思わざるを得ない理由がある。

「親しいというか……初期刀ですからね」

 初期刀という言葉は、祢々切丸さんにとっては意味が通じないようだった。こちらの意図がわからず、わずかに彼の眉が寄る。

「あ、初期刀というのはいわゆる、私が本丸を立ち上げる際に、一番最初に選んだ刀剣男士のことです」

 不意に懐かしさが彼への信頼とともにこみ上げた。
 あの日のことを、ありありと思い出す。

「鍛刀などで巡り会う刀剣男士を私が選ぶことなどできませんが、初期刀だけは僭越ながら私から選ばさせていただいた刀剣男士でした。政府からいくつか候補の刀剣を見せられ、なぜ彼を選んだかはうまく言葉にできないのですが……、でも後悔していないことだけは確かです」

 そしてもしあの日に戻っても、他の刀剣男士を選ぶことはなかったと思える。私と彼の歴史はきっと変わらないだろうと、断言できる。見えない絆を確かに信じている。それが私にとっての"彼"だった。

「本丸の規模は家族よりも小さくて、資材の余裕もなくて、という時から共に歩んで来ましたから。親しいというよりは信頼しています。いえ、信頼しているよりももっと……運命を共にしてくれるんじゃないかという気がしているというか……」
「………」
「ごめんなさい。急にこんなこと語って……」

 私の初期刀となってくれた彼と、歩んで来た日々が思い出深くて。遠のいていた意識が目の前の祢々切丸さんの元へ戻ってくる。

「すみませんでした。人間というのは困りものですね。一生が短いせいで、高々数年のことでも情が湧いてしまって」
「ああ。よく知っている」
「お恥ずかしい限りです」

 気を取り直して、私はここへ来た刀剣男士に渡すものを取り揃え始める。基本的な日用品や、日々の過ごし方をまとめた覚書。これらも、今までの刀剣男士たちと培って来た暮らすための知恵である。
 神とはいえ、人間の体を得たのは初めてのだろうし、私が教えてあげられることもあるだろう。しかし祢々切丸さんも一人で戦うのではない。この本丸で同じ刀剣男士の仲間を得て、歴史のために戦うのだ。
 祢々切丸さんにこの本丸のことを教える、私たちの戦いについて教える。その任に一番ふさわしいのはやはり彼だ。

 人に成り立ての彼のために、私が誰よりも初めに人の形を与えた彼が必要だ。

「誰か、呼んでくれる?」

 私の近侍であり、初期刀であり、やはり特別である、彼を。




おしまい