※宗三左文字を怒らせてグーで殴られたい→でも宗三左文字に女の子の顔面を殴らせるのは申し訳ないし字面的にシャレにならない→そうだ審神者を男にしよう

※というわけで男審神者です
※恋愛はほんのりしてる?かも? 友情はちょっとはみ出てます

※それ以外は特殊なとこの無い短編です








 昨夜、宗三左文字に殴られた。怒りがバシンと伝わる右ストレート。あいつの打撃は高いというイメージが無かったのに、その衝撃は未だに歯に響いている。
 痛かったのは確かで、拳の当たった頬はじんじんと腫れて、口の中も切れたらしく血の味がするし、一発の拳で散々な目に合っているというのに俺の心は未だに空中に浮いているようだ。
 宗三左文字に殴られた。殴られるようなことを俺がしてしまった。その衝撃がまだ、俺に痛覚を取り上げて返してくれないのだ。

「主」

 障子をそっと引いて現れた燭台切は、なんとも哀れみのこもった目線を向けてくる。恐らく、左頬を思いっ切り腫らしているせいだろう。俺にはやはり痛い、という感覚があまり無いのだが、見た目が痛々しいのは否定できない。今朝の鏡には、柄の悪いのに絡まれた後のような情けない男がいた。

「腫れはどう?」
「さあ? 少しは引いたかな」

 そう言って押さえていた氷嚢をのけ、彼に患部をさらけ出すと、苦笑いされた。まだまだ酷い有様らしい。困った表情のまま燭台切は代えの氷嚢を手渡してくれた。

「すまない」

 ちょうど手元のはぬるくなっていたところだった。入れ立ての氷嚢は少し頬に押し当てるのを戸惑うくらいには冷たい。

「そういえば、なんで殴られたの?」
「持病隠してた」
「待ってそれ僕も初耳なんだけど」
「で、その持病の検査の通知を無視してたんだよ、俺。本丸のことで手が放せないしな。んで、見つかった」
「それは殴られる」
「だろ」

 宗三の暴力も納得の、俺の失態だ。笑って見せると、歯が咥内の傷に当たってしまった。痛みに顔をしかめると、また燭台切に、しょうがないものを見る目で見られた。

「何事もなく治ると良いね」
「いや、俺の持病は一生付き合ってくタイプだ」
「違うよ顔のこと」

 また一言余計だったらしい。即座に否定してきた燭台切の顔はキレかかっていて、危険を察知した俺は肩をすくめて茶を飲んだ。
 逃げを打って小さくなった俺に、燭台切は盛大なため息を吐く。

「君もさ、良い顔立ちしてるからもったいないよ」
「そりゃどうも。まあなんとかなるだろ」
「ああその立派ななんとかなる精神で検査を無視したってわけだ」
「まあな。楽天家ってのは随分生きやすいが、統計的には早死にも多いみたいだな!」
「ねえ主、皮肉って知ってる?」

 知っているとも。昨晩暴力を振るったのは宗三左文字で、俺は暴力を振るわれた側だ。だと言うのに、俺は今痛みを感じていない。そして俺より、恐らく宗三の方が苦しんでいる。
 拳が頬を撃った瞬間だってそうだ。俺はへらへら笑っていて宗三の方が美しく憂い漂う顔立ちで歯を食い締め眉を歪ませて、俺よりずっと傷ついていた。

 自分以外の存在を優先させ生きてきたはずなのに、それを自分よりも優先させたはずの存在からあんな風に否定されるのは、皮肉以外の何ものでもない。

「向こうと、それから俺も。互いに気持ちがもう少し落ち着いたら俺から謝るつもりだよ」

 氷嚢の中の氷がくらくらと揺れる。目を閉じる。ああ、俺の胸ぐらを掴んだ宗三左文字は美しくも恐ろしかった。





 謝罪の機会はその日のうちに訪れた。寝入る前、台所に自分で氷嚢に氷を追加しに行った。その帰り、縁側で星を見ている宗三の背中を見つけた。ただそれだけなら俺から近寄っていく気にはなれなかったが、彼は振り返り、俺を一瞥するとふいっと星空に視線を戻した。それだけ。わずかな仕草だった。が、俺には宗三左文字が今はさほど怒っていないこと。むしろ彼の心の内が暗く沈んでいることが分かってしまった。

 ああ、謝らないとな。どうしたら彼をこれ以上傷つけずに済むだろうかと考えると、緊張が俺に忍び寄る。
 なるべく彼の神経に障らないよう、足音を殺そうと思っても、氷嚢の中身がからころ揺れてしまうのだった。

 呼吸を詰まらせながら、彼の横に座る。通った鼻梁に落ちる月の明かり。その明かりは涙袋や唇にも光の粒を落としていて、宗三が羨ましくなる。こんな風に周りにありふれる物どもに彩られる容貌というのは卑怯だと思わないか。俺はあまりに卑怯でヤツは悪党じゃないのかと思う。

「すみません本気を出してしまって」

 俺が何か言う前に、口を開いたのは宗三の方だった。彼らしくもなく、勢いに任せた、という風の謝罪だった。

「やっぱ本気だったんだな、お前……。おかげで脳にまで響いたよ」
「生憎と、僕はそう力の無い方ですので。手加減はいらないかと」
「馬鹿野郎! 力が無いやつが戦場でいっぱしに戦えるか! というかその謝り方だと、謝りたいのは本気を出したことだけってことか」
「ええ。貴方の顔を狙ったことに、反省も後悔もありません」
「良い性格してるぜ」
「貴方ほどでは」

 一気に肩の力が抜けた。言い回しはいつもより棘が多めで俺によく刺さる。そして、俺の調子も効果的に崩してくれる。
 はあっ、と大きいため息が出た。

「……なんですか、そのため息」
「なんだろうな。ま、いろいろだ」
「貴方のそういう誤魔化しが上手なところ、前から気に食わなかったんです。が、今回のことではっきりと分かりましたよ。それが貴方の短所ですよ」
「そうだな。じゃあ逆に俺の長所はどこだと思う? 一長一短って言うじゃないか。一短が見つかったから一長もどこかにあるはずだ」
「そういう屁理屈をこね慣れているところですかね」
「お前には負けるよ」
「いえいえ何を言いますかご謙遜を」

 ああ言えばこう言う。そんな人間が二人、肩を並べているのだ。これじゃいつまでも経ってもらちがあかない、夜明けもあっという間に訪れるだろう。

「なあもうそろそろ俺にも謝らせてくれよ。永遠に続くぞこの流れ」

 馬鹿らしいくらいに素直に切り出せば、宗三左文字はぴたりと黙ってしまった。急に沈黙されるとまた緊張を思い出しそうだ。

「悪かった」
「………」
「俺のことより、お前らのこと、優先させて悪かった」
「どうしてそういう言い草しか出来ないんですか」
「事実だからだ。俺は良かれと思ってやってたんだよ。断じて注射が嫌だとかそういう理由じゃ無く、いつか等しく訪れる死に構ってるより本丸に構ってる方が有意義だと思ったから、そうしたまでだ」
「………」
「それに三十年で死のうが百まで生きようが、お前らから見たらそう変わらないだろ。短くとも、審神者として太く生きられればそれで良いと思ってたんだ。それもこうして戦ってくれるお前らへの報い、のつもりだったんだがな」
「ありがた迷惑です」

 俺の長口上に対する、この短かな返し。だがこれほどぴったりとくる言葉も無い。俺が行ってきたのは、彼らには不要な、恩着せがましい迷惑な出来事だったのだ。

「全く。本当に酷いひとですね。言わなきゃ分からないようだから敢えて言いますが、貴方と僕は、別々の存在なんですよ」
「ああ、そのことがよく分かったよ」
「分かっていないでしょう。僕たちは同じ人間同士でも、付喪神同士でも無い。重ね合わせられるものの方が少ないんです。そんな存在相手に、貴方は何を掛けようとしているんですか、馬鹿らしい」
「何って、命かな」
「全く愛らしい減らず口ですね。もう一発手が滑りそうです」

 殴ってくれても構わないのだが、宗三左文字に手を上げるつもりは無いのだろう。そもそも彼はそういった気質を持っていない。だからこそ昨晩、彼に暴力という手段を取らせた罪は重いと思っている。

「口の方はもう滑ってるじゃないか。随分刺さることを言ってくれる」
「おや。何のことだかさっぱり分かりません」
「酷いな。だけどお前の言うとおりだと思うよ。本当に、悪かった。良くも悪くも、俺は俺、お前はお前ということを肝に銘じとくよ」
「………」
「いって。何で顔つねるんだよ」
「いいえ」
「答えになってねえ……」

 脱力して座っていたのが、氷嚢も投げ出してそのまま後ろに倒れる。縁側からつきだしたままの足が、夜の空気を蹴った。また、ふう、という宗三左文字のため息が聞こえる。と思えば、彼が精一杯に白い首筋と手を延ばした。節くれだった指が何をするかと思えば、俺の投げ出した氷嚢を拾って、もう充分に冷たい俺の患部へ押し当てた。
 やめてくれ。そういう優しさに俺は弱い。
 本当に、本当にごめんな。宗三左文字。心の中で何度も謝る。そして短かな生を笑って過ごすためにひねくれてしまった俺の楽観主義と、軽口をたたかずにはいられない宗三との関係を呪った。それらのせいで俺は、未だに泣くことも出来ない。

 氷嚢を受け取り、起きあがる。
 俺へ向けられる視線にこめられた複雑な感情。哀れんで、突き放すように冷たくもあれば、俺を末代まで呪いそうな執着にも満ちている。そんな眼差しの宗三左文字向き合っていると、胸が縮こまってくる。正直苦しいのだけれど、こんな時きっちりやるせなさを感じてしまう人間というのが、なかなか死ねない人間のひとつの条件なのだろう。




 あれから三日と経ったが、宗三左文字からの殴られた跡が未だに俺の顔面に色を残している。腫れは引いて、氷嚢で冷やさずとも平気だが、見た目はだいぶ悪い。
 三日もあれば興奮状態から覚めて、俺の神経はしっかり鈍痛を拾っている。おかげで食事もしゃべるのにも、傷を意識せざるを得なくて非常に面倒くさい。

「お前さー……。言っておくけどお前、弱く無いよ。全然な!」

 じゃなきゃこんなに長引かない。予想以上にこの傷と付き合わなければならないらしく、こっちは苛立っているというのに、宗三左文字はしれっと言う。

「貴方みたいな人間と比較されても困ります。まあでも骨は折れてないじゃないですか。弱いくせに」
「うるせーなー!」

 その顔の白々じさと言ったら言葉も無い。

「とにかくお前はちゃんと、強いんだよ。自覚しやがれ!」
「ええ。では次はきちんと手加減した方が良い、ということですね」
「そういう意味では言ってねえ!!」

 こっちは本気で不満を訴えてるというのに、宗三はけらけらと笑っている。
 あいつは狙って右ストレートにしたのだろうか。傷が顔にあるせいで、あんまり大声を出すと自分に痛みというかたちで跳ね返ってくるのがまた憎らしい。

「僕は変わると思いますよ」
「あん?」
「もちろん僕から見れば一瞬であるとは思いますが、三十で死ぬのとと百まで生きるのでは違います」
「あ、その話?」
「貴方が地獄へ持っていける、僕の記憶の量が違いますよ」

 なんだ俺と同じくお前まで、俺が地獄に行くと思ってるのか。不快な意見を一致させながら、宗三の言いぐさへ一理あると納得してしまった。その両方が組み合わさるとなんとも可笑しい。宗三にとっては取るに足らない命かもしれないが、俺が連れて行ける宗三の欠片はきっと生きれば生きるほど増えていくのだろう。不愉快だけど、事実だ。
 だけど笑うとまた、歯が咥内の傷に当たって顔が引きつる。そしてこんな痛いのは嫌だから、俺は俺の体を手入れしなきゃな、なんてことを思うのだ。