※今剣(極)視点
※今剣の極バレと、巴形の回想バレがほんのりあります
ぼくたちはきっと、たたかうこといがいをしるべきではなかったのです。
ぼくたちはあたえられすぎた。このみにきざまれたおもいがあるからこそ、ぼくたちがじゅにくしたとしても、そもそもからだをもらうべきではなかった。あるじさまは、いつもぼくらにあたえすぎる。
そんなことをおもっているくせに、ぼくはあるじさまから、みんなへのさしいれだとくばられた、みずがしをほおばります。よくひえたあんずのことです。
「いわとおし! これ、おいしいですね!」
「ああ、美味だ!」
あるじさまからのねぎらいのかじつは、のどをつるんとすべって、とってもおいしいです。あまずっぱくて、みずみずしい。このあんずを、あるじさまもたべているでしょうか。
ぼくのはとくに、うれてあまいもののようにおもえて、それを、だいすきなあるじさまにとどけたくなって、まだあんずがのこっているおわんをてにとりました。
「いわとーし、ぼく、あるじさまのところにいってきます」
「おお、俺もすぐ伺うつもりだが、主に伝えてくれ。上等の杏だ、と」
「はい、わかりました!」
ろうかをばびゅーんといくと、あけはなしたしょうじのなかで、あんずにかしようじをさすあるじさまをみつけました。すぐちかくにはべる、ともえがたなぎなたも。
そういえば、あるじさまがはこごとかいつけてきたあんずを、いちばんさいしょにうけとったのは、ともえがたなぎなたでした。いまいちばんのしんいりです。しんいりのくせに、あるじさまのいまのきんじはともえがたなぎなたです。
「あるじさまっ!」
「今剣、どうしたの」
ほほえみながらくびをかしげる、ぼくのようにちいさなあるじさま。そのすがたはことりみたいです。
「あるじさま、このあんず、とってもおいしいです!」
「そうね。光忠がよく冷やしてから切ってくれて、歌仙がきちんとこの朱塗りの椀に盛りつけてくれて。おかげで、とっても美味しく感じるわ。いっぱい買ってきたから、いっぱい食べてね。えっと……」
あるじさまがすこしからだをひねり、なにかをさがすしぐさをしました。すぐにぼくのまえにおざぶとんがしかれました。それをてにとったのは、ともえがたなぎなたでした。
「ありがとう、巴形」
あるじさまがいう"ありがとう"はいつもていねいです。あるじさまがえむと、ともえがたなぎなたも、かすかにめもとがゆるくなって、ぼくはふたりのあいだにながれるものにおどろきました。
「さぁ今剣、座って。この杏を味わいましょう」
「はい……」
ともえがたなぎなたは、ようがすむとみると、またおおきなからだながらきちんとへやのなか、つつましくざすのでした。
うかれるきもちであるじさまのもとへきたのに、ぼくはなんだかへんにおちついてしまい、あとのあんずはしずかにかじりました。
どれくらいたってからでしょうか。あるじさまがいいました。
「巴形、席を外してくれない。今剣と話がしたいの」
「え、ぼくとですか?」
「そうよ」
あるじさまはおだやかに、けれどはっきりといいます。ともえがたなぎなたに、でていけと。
「用があったらまた呼ぶわ」
「分かった」
いつもやさしいあるじさまの、きっぱりとしたものいいにおどろいていましたが、ともえがたなぎなたはあっさりとでていきました。きぶんがわるくなったようすはありませんでした。
「今剣。隣に来る?」
うなずき、あるじさまのよこへと、おざぶとんをよせます。あるじさまのあんずをたべるては、とっくにとまっていました。
「今剣、大丈夫?」
「………」
「巴形に、馴染めない?」
「……、はい……。あるじさま。ぼくにはまだ、かれのことがわかりません。さっぱりです」
かれがわからないし、なぜあるじさまがすんなりかれをうけいれ、きんじにまでしているのかもわかりません。
「あるじさまは、ともえがたなぎなたがおきにいりなんですか……?」
「お気に入りだから近侍にしているわけじゃないの。ああやって人間の近くにいることが、巴形薙刀としての存在の示し方だから、私はそれを受け入れている」
「そんざいのしめしかた、ですか?」
「彼は私が好きだから側仕えするんじゃなくて、側仕えもまた巴形薙刀の姿だから、そうするだけなのよ」
そういうと、あるじさまは、ぼくをだきよせてひざにのせました。ぼくをあやすように、あたたかくだきかかえてくれます。
ぼくも、あるじさまのてに、てをそえます。
「あるじさま。それはなんだか、つめたくありませんか?」
「どうして?」
「ぼくはあるじさまがだいすきです。だけど、ともえがたなぎなたは……」
あるじさまをりようしているだけだと、いおうとして、いえませんでした。
ぼくは、いまのつるぎ。ほんとうのれきしにはそんざいしないかたな。だけどかたりべのなかにうまれたぼくは、あるじさまにからだをあたえられて、ここにいる。
あるじさまがだいすきだ。それはうそじゃない。けれど、ぼくはかんじょうときりはなされたところで、あるじさまがひつようなのだとわかっている。あるじさまがいなければ、ぼくもいない。それを、しゅぎょうさきでおもいしらされてしまったのが、いまのぼくだ。
「……ともえがたなぎなたにも、あるじさまはひつようなんですね」
ぼくをだきかかえたままのあるじさまが、うしろでうなずいたのを、かんじた。
ともえがたなぎなたは、じぶんのありさまをしめしたい。だからあるじさまのそばにはべる。
それをしったぼくは、きぶんがすっきりしてしました。もしかしたらあるじさまは、すべてをみこして、ぼくにともえがたなぎなたのことをおしえてくれたのかもしれません。
からだはおおきくても、はなやかなみためでも、もとめるものはぼくとたいさないらしい。ぼくはともえがたなぎなたに、しょうじき、したしみをおぼえていました。
だけど、あるじさまはまちがっていました。そうしるのは、ともえがたなぎなたとぼく、そしてへしきりはせべとしゅつじんしたときのことでした。
へしきりはせべが、ともえがたなぎなたをよくおもっていないのはだれのめにもあきらか。いえ、みなくてもわかることです。
けんげんしてすぐに、あるじさまにつきしたがい、じゅうじゅんなすがたをみせたとおもったら、あるじさまもかれをきにいってしまったのだから。ふるくからいるはせべには、おもしろくないはずです。
『貴方のこと、鍛えなくちゃならないしね』
そうわらって、あっさりとともえがたかきんじになったのには、ぼくもおどろきました。
けれどあるじさまはぼくたちをいっしょのぶたいにくみこんで、しゅつじんさせました。
ほんまるをはなれるなり、へしきりはせべはともえがたなぎなたへとむきあいました。ぶたいはどこか、わかっていたことがおこったというきぶんで、ふたりをみて、すこしさきへとあるきだしています。ぼくもふたりはほうっておいて、ぶたいのほうにつづきました。
ぼくにも、きもちのよゆうがあります。あるじさまが「巴形薙刀は、ただ存在を示したいだけ」とおしえてくれたからです。
じきに、はせべが。そのあとにともえがたがもどりました。ぼくははせべのよこにあしなみをそろえ、そのかおをのぞきこみました。
「はせべ。だいじょうぶですか?」
「……任務に支障はきたさない」
「それはつまり……、だいじょうぶじゃない、ということですよね」
へいきだ、といわないあたり、はせべはまだおさまりがつかないんだとおもえました。
「はせべ。きにしすぎたらだめですよ。ともえがたなぎなたは、てんれいようにももちいられるかたなです。だから、そばづかえすることも、かれのありさまで……」
「そんなのは分かっている」
いらだたしげなはせべのこえが、ぴしゃりとぼくのものいいをたちきる。
「今剣。お前の目には、あれがただ刀として主にべったりしているように見えるのか」
「え……?」
「他意無く見えるなら、俺だって……」
そこまでいって、はせべはぼくをおいてまえへいってしまった。
いらだつはせべのせなかは、ぼくにどうようをのこし、けれどぼくをやるせないきもちにもさせた。
はせべもあるじさまがだいすきでしょう。ぼくとおなじように、あるじとなるにんげんを、ひつようとしているんでしょう。あるじさまさえいれば、ぼくたちはこうふくをかんじられる。あるじさまがいなければ、こきゅうできない。
あるじさまはぼくに、ともえがたなぎなたが、どんなとうけんだんしかをおしえました。ぼくはしりました。ぼくもかれも、へしきりはせべも。あるじさまからわけあたえられる"あるじさま"、それをよくぼうしてやまない、おなじあなのむじなだということを。
(元気が残っていれば長谷部と巴で分岐エンドかきます……)