「あっれー!」
縁側に珍しい面子がそろっているので、思わずそんな声が出た。
わたしの素っ頓狂な声に、揃って振り返ったのは、江雪左文字、一期一振、太郎太刀であった。こんな三人が揃って談笑を交わしているなんて珍しい。三人ともが積極的に自分から他者に関わっていく人間では無い。その上、各が強力な戦力なので、彼らを一つの部隊に集めることも稀だ。
この面子では一番人当たりの良い一期一振が「ああ、主。お疲れ様です」と愛想を振りまき、二人も会釈をした。
「ええー……。あー……。でも……。そっか……」
ここは私が集めた刀剣男士から成る本丸。私は審神者であり主であり、こんな采配をしたのだって結局は私だった。
今は夜戦となる区域の掃討に戦力を割いているから太刀である江雪にはしばらく待機が続くが理解して欲しいと先日話したばかりだし、一期さんは長時間の手入れ終わり。太郎太刀は余りに活躍してくれるのでひとり練度が突出してしまったので周りとの連携を図るため今は一時休んでもらっている。
その他は遠征やら内番やらで席を空けているし。そうやって一人一人、出した命を思い出していくると、この三振の時間が重なることは充分にあり得る事態となっていた。
「主、何かお手伝いすることはありますか」
「ううん! 大丈夫! むしろ休憩しようかと思ってたところ!」
「では……、隣へ来ては……。いかがでしょうか……」
「え、いいの!?」
「ええ」
そう言って太郎太刀さんが拳ひとつぶん腰を浮かせて少しずれてくれた。できあがった一期さんと太郎太刀さんの間に、私も入らせてしまう。
あたたかな日差しの当たる縁側。座ると、すぐに不思議な安心感が私を包んだ。なんだか彼らの近くは妙に落ち着くのだ。まだ、何を話したわけでも無いのに。
一体どういったことだろう、彼らがうちで重要な戦力を誇るトップメンバーだからだろうかと思った。が、すぐに全然別のところにその理由を見つけた。
「あ、そっか……」
私の突然のつぶやきに、三者三様、不思議がって見せる。
「あのね、なんだかみんなの近くは落ち着くなぁと思ったら。江雪さんも、一期さんも太郎さんも、お兄さんだからなんだなって」
江雪さんには宗三さん小夜さんというと二人の美しい弟が。
一期さんは言わずもがな、刀派粟田口の長兄だ。
太郎太刀さんも次郎太刀さんとしっかり信頼関係を築いたすてきな兄弟だ。
「ほう」
「………」
「言われてみればそうですな」
「でしょ? だから全然違う三人だけど、こうして集まっていられるのかなって」
「私の所は兄弟と言えど次郎が一人。比べるのは恐れ多いですが」
「いえいえ。それでも上の立場というものはお互い苦労が絶えませんな」
「それでも……楽しい、ものですよ……」
三人は自分たちの共通点をそう意識していなかったらしい。また、三者三様に驚いてみせるので、私は思わず笑いだしてしまう。
「実はさ、私も実家では長女なんだよね。みんなの気持ち、少し分かるよ」
「そうだったのですね」
「そういえば、随分前に仰ってましたな」
「うん!」
「そんな気が……していました……」
江雪さん、一期さん、太郎太刀さん、そして私。それぞれ全然違う人間だけど、私たちは共通点も持っている。
柔らかな光をくれる太陽の方を向きながら、私は「そうだ」と声を上げた。
「ここに、秘密の同盟を結成しようぞ!」
「同盟、ですか?」
「そう! その名も“集える長男長女の会”!」
賛同か拍手か、貰えると思ったのに、一瞬、辺りが静かになる。ちょっと待って、一期さんの笑い声が爆発した。
私の突然の発言に止まって時間が、面白かったのだと思われる。
いつもは一期さんはそう騒がしい方じゃないのに、この静かな二人に挟まれていると一人浮いて見えてなんだか新鮮だ。
「そんな笑わなくても良くないか……?」
「も、申し訳ない。そっ、それは一体、何をする同盟なのでしょう? っはは」
笑いはまだ止められないみたいだけど、それでも一期さんは優しい。笑い混じりに私の突然の思いつきに乗ってくれている。
「えーと。それはこれから考えるんだけど……。例えば、そうだな。次男次女から以下の者は入会を禁じよう」
「それは……当たり前なのでは……」
「長男長女の会ですからね」
「次! 次が大事! この会に属する者は、互いに甘えて良いの」
「………」
「自分の責任を一瞬、忘れたら良いんじゃないかな」
それは三人が並んで談笑している姿を見て、思ったことだった。
彼らは、いつもは部隊のみならず、自分を兄と呼んで慕ってくれるものの前に立っている。刀派も、歴史も、自分の刀身に宿ってしまった伝説も背負っている。そして彼らは一際守りたい者のために戦っている刀たちだと、私は感じている。でもここに集っていた三人はそんなものから引き剥がされ、個人に戻ったように見えたのだ。
江雪左文字という個人、一期一振という、太郎太刀という個人に。
私も家を背負う長女だから、感覚できなくとも理解しているのだ。甘えることとはなんだったろうと、いつしか忘れてしまった。
「兄だからと集うのに。兄であることを忘れろいうのですか」
「そうなるねえ」
「………」
「それでみんなで、内緒でクリームソーダでも飲もうか」
「くりーむそーだ、ですか」
「うん、多分分からないよね。飲むとしゅわしゅわする甘い飲み物なんだけどね、それだけじゃなくてね、上にアイスクリームが乗ってる! 調達出来たら赤いさくらんぼも乗せよう」
「何故くりーむそーだなのでしょう」
「今日は良い天気だし、甘くて冷たいものでも飲みたいじゃない。それに子供の飲み物って感じで、甘やかしの味がするから、かな」
私にとってクリームソーダは子供の休日の味だった。滅多には食べられない。誰か手をひいてくれる大人がいて、休憩しようかと入ったお店で、あなたは子供なんだからとメロンクリームソーダをあてがわれた。
メロン味の体をとってるからって緑の色したジュースにフロートするバニラアイス。嘘のように真っ赤なチェリー。その飲み物の名を聞くと私には、小さな舌をきんきんに冷やされた感覚と、私を見守っていた老いた視線を思い出す。
思い出から目を開けると、三人が微笑んでいる。私はわざと威張って声を出した。
「異存は無いと見てよろしいかな?」
「はい」
「好きにしたら、良いのはないでしょうか……」
「寒くなってきたら抹茶ラテとかでも良いよ」
「抹茶……らて……」
「今度、他の兄たちも誘いましょうか」
「他の兄……。ああ、山伏国広がいましたね」
「長曽根殿は?」
「あそこは複雑そうだけど……、でも誘うよ。下の兄弟を思いやってるのなら、それだけで資格は充分だと思わない?」
「そう、ですね……」
「〜っよし! そうと決まれば調達だ!」
私は三人の間から立ち上がった。ひなたぼっこのおかげか体にはやる気がみなぎっている。
メロンシロップに炭酸水。バニラアイスクリーム。あ、それにせっかくだからグラスも手に入れるか。わくわくしながらメロンクリームソーダの材料を本丸に仕入れるために書類を作り始めたわたしは三人が残された縁側で、
「そうはいっても……」
「甘えたいのはひとりなんですがね」
「甘えていただきたい方もひとりですな」
なんて、意見を共にしていたことなんて、気づきやしないのだった。