Cream: フレッシュ
どたどたと子供みたいな足音だった。こっちは今日畑当番で、前髪が張り付くくらい汗をかいて、よく風の通る縁側に座って一息入れているところなのに。
「あーっ! つっまんねえ」
そんな怒りを隠さない声が聞こえて、僕はめんどくさい奴がやってきたと思った。それも機嫌まで面倒な様子。せっかく汗はかいているけど爽やかな気分だったのに。
案の定、加州清光は僕の前でどたどた歩くのをやめて、こちらを見下ろしてくる。
「何見てんの」
「僕に当たらないでよ」
「………、あーっ!」
怒りをこらえきれない様子でうなるから、僕相手にいらついたのかと思ったのに、どうしてか僕の横に体を投げ出して寝転がる。
不貞寝の体勢をとりながら、きっと誰かに聞いてもらいたかったんだろう。彼はぽつりと不機嫌の原因を漏らした。
「……あの人、反応悪すぎ」
「あの人って、さんのこと?」
さんは僕たちの新しい主だ。女の人で、刀は振るわない。僕たちを刀剣男士という独立した存在として扱い、集めては、戦いを命じる。
自分で刀を振らなくて良いぶん、たくさんの刀たちを従えていて、僕たちもそれに含まれる。
さん自体は戦いも知らなそうなおとなしい人だ。細い腕や、意思の読めない伏せられがちの目。人形とはいえ刀を何十振りも集めていると思えないくらい頼りない人が、ここの頭領なのだ。
「何だよ、その呼び方」
「さんがそう呼んでって言ったんだよ」
「ふーん……。ずいぶん仲いーんだ」
「そういうわけじゃ無いけど」
かつて同じ主を持った同士の加州清光は、元から持ち主に対して色々要求する刀だった。沖田くんと一緒だったあの頃の彼を僕は知っている。けれど、人の形を得て要求がまた多種多様なものに変わったと思う。
刀ならば刀としての本分を全うすれば良いのに。僕は少しだけこいつのことを質が悪いと思っている。
「まぁ、愛想が良い方じゃないよね。さんは」
「愛想どころの話じゃないって。無反応。何言っても、目をきょろきょろさせて終わり。あー、つまんねー……」
無反応なさん、加州に言い寄られて、言葉もなしに目を泳がせるさん。どっちも簡単に想像ができる。さんの性格を掴んでいればどっちもあの人らしい反応だ。
けれどそれは、彼にとっては望んだ反応じゃ無いみたいだ。少し考えれば当然の結果なのに彼は
期待外れどころか、悔しさまで感じているらしい。「なんだよ、なんだよ……」と顔を突っ伏したままうなっている。
はぁ、扱いにくい。僕は大きなため息をついた。
「でもあの人言ってたよ。お前のこと」
返事は無いけれどこいつは絶対に聞き入っている。それが分かっているから僕は続ける。
「ああいう顔の綺麗で華やかな人に積極的に話しかけられたこと無いから、いつもどうしたら良いか分からなくなる。頭がいっぱいいっぱいになるんだってさ。
あの人はあの人なりに僕たちのこと理解してくれてるんだから、お前もさんのそういうところ理解したら?」
「……本当?」
声に色がついていたら、今の問いかけはたぶん朱色。畳の方を向いていた顔がちょっとだけ傾いて僕を見る。
顔に何か塗った? そう思うくらいの赤らんだ顔。自分がちゃんと好かれているという事実を知ったその顔に滲むのは、自分の価値を確認できたという嬉しさじゃ無かった。彼自身も抑えきれないくらい率直に湧いてきた恥ずかしさに加州清光の赤目は煮立っていた。
こいつ、照れてるんだ。その時僕は、自分が思い違いをしてたことに気がついた。
ただ愛されたいから、そこに可愛いと言ってくれそうな人間がいるあら、適当な人間がさんしかいないから。こいつがさんを気にする理由なんてそこら辺だと決めつけていた。
けれど、赤い耳。途切れた悪態。照れて泣きそうにもなっている加州清光は、僕が思っているよりずっと、本気であの人のことが好きなようだ。