Cream: イリーガル
(※急に太郎太刀さんのお話です)




 渡り鳥がこの本丸の軒下に巣を作ったこと。それにいち早く気づいたのは、やはり他より飛び抜けた体躯のせいか、私だった。最初は哀れに思えた。この本丸に悪人はそういないが、代わりに人の形を得た刀剣が闊歩している。物騒な場所に巣を作ったものだと思いながら、草や泥で固められた巣を見ていた。
 巣に眠るよっつの卵があまりに小さいのが、妙に私の心に留まり、雨の日も風の日も、首を伸ばした巣の中をのぞくのが日々必ずすることのひとつになっていた。

 殻を破って生まれてきた小鳥たちは、自分がここにいると証明するようによく鳴いた。親鳥が食事とともに空から帰ってきた時は特に、お腹が空いたと泣いている。
 さえずりがあるのだから、だからもう巣の中を覗かなくとも良い。しかし私は、ふと巣の下を通った時に首を伸ばさずにはいられなくなっていた。騒々しい鳴き声の持ち主がちゃんと四羽そろっていることを見ると心が落ち着いた。


「……かわいい」


 吐息と呼ぶには言葉の形があり、つぶやきと呼ぶには儚過ぎる、そんな声だった。
 少し首を曲げ下の方を見ると、小さな頭がようやく目に入る。可愛いという響きは女の声で、主だと分かっていたが、主がしっかりとそこに在るのを確認して、ふと息を吐く。


「そう、ですね」


 生まれたばかりの命は、なんとも庇護欲を誘う。同意すれば主は口を引き結ぶ。それは主が喜びや嬉しさを隠した時の表情と、私は知っていた。


「……可愛いと思ったものには可愛いと言え、と」
「何の事でしょう?」
「加州くんが。教えてくれて」
「ああ」


 可愛らしいものへ可愛いと言う。もとい、思ったことを口に出すのは確かに我が主には必要な事だ。けれど、それを教えたのが加州清光なら、話は変わってくる。彼の性質を踏まえればすぐに分かることだった。
 彼は、声に出して可愛がって欲しいと彼女に願ったのだろうに。主にはその肝心な部分は伝わっていないようだった。


「もっと近くで見ますか」
「え、……、………」


 彼女の背丈では巣の中までは到底見えないだろう。そう思って、すぐに同意が返ってくるだろうと見込んだ上で提案した。けれど主はしばらく固まり、目を数度泳がしてから、小さく小さくはいと、頷いた。そして数歩私へと近づいた。

 私が言えた筋では無いかもしれないが、主は不器用だ。剣としてなら、主としてなら、もっと上手く言葉を交わすことが出来る。けれど戦いから離れて、こうしてささやかな出来事を分かちあうのがどうも簡単でない。
 互いに共通の敵がいなければ、間が持たない主との関係が、私は少なからず寂しかった。

 屈み、膝下に肩を差し入れ、ゆっくりと立ち上がる。すると女子らしい重みは簡単に床を離れる。とっさに首に回された手。小指には私の髪が一房ひっかかっていた。
 主が鴨居などに頭をぶつけないよう屈みながら前へ進み、そして巣の前で私も首を伸ばした。


「あ、小鳥……」
「赤子らしくしわも多いですが、目はしっかりと開いていて可愛いものです」
「………」


 さきほど、可愛いとこぼしたのは他の誰でもない貴女だ。なのになぜ、巣の中と私を交互に見やり、そんなにも戸惑っているのか。私には解せない。


「可愛くないですか?」
「ううん、可愛い。ひな鳥も」


 付け加えるような言葉がさらに歯がゆさをもたらす。ひな鳥も、と言うのなら他にも可愛らしいと思ったものがいると言うことだ。さきほど、吐息よりは確かに漏らされた“可愛い”はなんだったのか。にわかに頭が詰まってくる。

 あの場に巣の小鳥以外に何がいたと言うのだろう。まさか可愛いの言葉が私へ落とされたはずが無い。深読みはするべきじゃない。そう思いながらも私の意識はもう、小鳥の方へ向いてしまった彼女の真意を探り、止まらなかった。