Cream: メルティ
木陰に座って見る青空の、色の激しさが、目の奥にじりじりと焼き付く。少しくらくらするのは空の明るさのせいでもあり、腕に走る痛みのせいでもあった。
腕の切り傷はじんじんと熱と痛みを放っているけれど、生憎と今手入れ部屋は満員状態だ。みんなちょっとずつ傷をもらってしまい、比較的軽傷だった僕は順番を待っているところだ。
痛いと言ってもそう騒ぐほどでも無い。息を吐いて、空を見て、戦で高ぶらせた意識を元の通りに戻していく。その方がよっぽど僕を楽にさせた。
ふと、土を踏む軽い足音が聞こえて、見やるとさんが立っていた。
「大丈夫?」
「うん、平気だよ」
「ごめんね」
恐らく、僕が後回しになっていることを言っているんだろう。手入れする順番を決めたのは他でもないさんだ。
「気にしてないよ。むしろあいつを後回しにするとうるさいと思うし」
「あいつ……。加州くん?」
「うん」
手入れの順番であいつを優先し、僕に我慢するように言った。それは、別に何か感情が入り交じっての判断じゃないと僕は知っている。
命に別状が無いのを確認すれば、どれくらい時間がかかりそうかを見て合理的に判断する、というのは彼女のいつものやり方だ。
彼女は僕の横に腰を下ろすと、手の中の懐中時計を見た。それはもう、秒針の一振り一振りを数えるように。
「もう少し。もう少しだから」
「そんな数えなくても……」
僕は暢気に空を見ていた。怪我の無い彼女の方が、一秒を数えるくらい手入れの順番を待っているなんておかしい話だ。
「どんなにそれを見つめても、時間は変わらないよ」
「うん……」
「それよりものんびり景色でも眺めようよ。そうじゃないと疲れちゃうよ」
「疲れてもいい」
「うーん……。でも、意味の無い疲れはしない方がいいよね」
その言葉は効いたらしい。さんは懐中時計を懐にしまった。すぐにざあ、と風が吹いて、僕たちは何も喋らなくなった。
一緒にいるからって何か喋るわけじゃない。いつものことだった。特に僕たちの間に話題は無い。元々さんは雑談を好まないらしいし、僕も特にさんに聞きたいことは無かった。
お互いに大した興味がない、こんな距離でもたまに胸の内が聞けるんだから、加州清光はどれだけこの主と相性が悪いんだろう。
「髪の毛」
「うん? あー、多分今ぐしゃぐしゃだよね」
「いつも綺麗なのにね」
「綺麗? 綺麗かな……?」
「直すね」
「いいけど……」
一応僕の答えを得てから、その手は伸びてきた。爪まで柔らかそうな指先が、僕の髪を揃えていく。
直接触られているからか、分かる。彼女がどういった気持ちで僕に触れているのか。
自分の出来ることをするためだ。男の頭に触れているという意識は欠片も無くて、それこそ刀の鞘の埃を払うくらいの気持ちで、僕の髪を解いている。
愛情があるような無いような曖昧な温度の指先を感じて、僕はかすかに驚いていた。この人、ちゃんと刀を所有しているというつもりがあるんだな。そして僕、なんだかんだ所有されているらしいと気づかされる。
ふと手が止まって、布擦れの音。続いて懐中時計の、細やかな蝶番が擦れる音が聞こえた。
「……、あ」
「時間になった?」
「うん」
「じゃあ行こうか」
指が離れて、彼女の気持ちも見えなくなった。もう少し木陰の下で空を見ていたかった気がしたけれど、落ち着いた気持ちとすっきりした頭で、傷口だけがまだ熱を持っている違和感はいやだ。僕は立ち上がって、急かす彼女を追った。