部隊を送り出した後の彼女が本丸で、一人黙りこくっているのはいつものことだった。何者からも心を閉ざすように一人で、目を閉じている。別に眠っている訳では無い、と思う。部隊の帰還を待つ彼女は、かすかに張りつめているから。

 主は、俺が出陣してる時もきっと、こうなんだろうな、と思う。俺が出陣している時の主なんて見ることはかなわないから、言い切ることは出来ないけれど、この主が俺にだけ何か特別な反応を示すとは思えない。そうだから他とも平等に、俺が出陣している時の主もこうなのだろう。

 俺がじっと見つめても、穴があくほど見つめても、唇のしわを数えていても、主は俺には気づかない。主の意識はこっちの思案も届かない殻に隔てられている。

 ……まさか、本当に寝てないよな?
 ただ動かない主が、何か重要なことをしているようにも見えなくて、俺は彼女の前で手を振ってみた。


「加州くん?」


 あ、起きていた。やっぱり意識ははっきりしているらしい。俺が手を振ってすぐ、そのまつげは震えて円らな瞳を見せた。


「何か」
「いや、心配になって。主はさ、いつもこうだよな。本隊を待っている時」
「そうだね」
「なんか……意味あるの?」
「意味なら、無いよ」


 すぐにまずった、と思った。時にいらつきを覚えるくらいに言葉を額面通りに受け取るこの人相手としては、言い方が悪かった。


「意味は無くても良いんだけど。何してんのかなーって、思って」


 言葉を変えて、返事を待つ。最近の主は俺が熱心に辛抱強く待っていれば、心のひとつやふたつは教えてくれるようになった。この人と出会ったばかりの頃を思い出せば、自分自身を褒めちぎりたいくらい大きな進歩だ。


「わたし、別に何もしてない。何も、できないから」
「何もできないって?」
「………」
「………」
「みんな、戦ってるけど、私は何も、できない。何かしなくちゃと思っても、できない……。ごめんなさい……」


 なぜか急に謝ってから、主は手を迷わせた。書類をたぐり寄せ、意味もなくめくって、ひとつ思い息を吐くと、急に手に鉛が括りつけられたみたいに手を止めた。
 私は何もできないと言った言葉の、真の意味を、ようやく俺は理解した。

 本隊を思うと、心配ばかりで何もできなくなる、なんて。神経が太いのか細いのか分からないこの主らしい。
 呆れる気持ちが無いわけじゃないが、見放すほどでも無い。俺がこの人に求めているのは主としての完璧さでは無い。程度のごく軽いため息が出た。

 手持ちぶさたなのは俺も同じだ。何も手がつかなくなっている主を見つめて、非番の日を終えようとしているのだから。
 主はまた、目を閉じてしまった。その瞼の裏には本隊の戦う姿が在るんだろう。

 そういえば、今回の部隊には、大和守安定がいた。あいつのことだから、ひょこっと帰ってくるに決まってるんだ。
 主の部隊を想う姿は好きだけれど、何もできないでいるこの人は痛ましい。そうは思っても結局何もできず、俺は、今度は睫の数を数え出していた。