美しさにも種類があるのだと、わたしは最近になってそれを理解した。いや、理解させえられたのだ、刀剣男士たちによって。

 加州清光なら誘うところのある美しさ。山姥切国広の美しさはハッとしてのぞき込んでしまうもの。歌仙兼定の美しさは理をも兼ね備えている。
 蜂須賀虎徹のそれを言い表すのなら、きっと何者も寄せ付けない強い美しさと呼ぶのだろう。

 その何者も寄せ付けない美しさをまとっているというのに。彼は手入れ部屋に座るなり、くたびれたような息をひとつ吐くと、無防備に目を閉じた。
 きっとその形も完璧な球なのだろうと思わせる眼球を覆ったまぶた。文句のつけどころの無いくっきりと美しい丘を作ったまぶたには、窓の格子から差した陽の光がかかっている。


「……、どうしたんだい」
「えっ」


 私の意識を奪っていたまぶたが目を開けて、湖のような色が顔を出す。


「だから。手入れを始めないのかい」


 そこまで言われてやっと、私は自分が彼にほれぼれと見入っていたことに気がついた。


「ここは手入れ部屋なんだ、することと言ったらひとつじゃないか」
「ご、ごめん」


 慌てて打ち粉を手にとって、それから、はたと思い直す。


「蜂須賀。お手入れについてなんだけど、あっさりとねっとり、どっちが良い?」
「は……」
「ちなみに五段階から選べます」


 私は蜂須賀の目の前に手のひらを広げて見せる。


「小指があっさり、親指がねっとり。さあ、どれにする!?」
「ちょっと、ちょっと待ってくれ。いつも通りで頼むよ」
「それじゃだめだから聞いてるの」


 額を指先で押さえつつ、蜂須賀は私の手を下ろさせた。


「どうしてそんなことを言い出したのか、聞かせてくれないか」
「私あんまり簡潔に話せないけど……」
「構わない。聞かせてくれ」


 蜂須賀の言葉に甘えて、私は事の始まりを掻い摘んで説明した。
 山姥切がふと教えてくれた歌仙の不満の声。手入れの手つきがしつこいと言われ、山姥切もほとんど同意したこと。私なりに考えあって手入れを念入りに行っていたが、本人たちの声を踏まえて、必要最低限の手入れを歌仙に施したところ、機嫌を損ねたこと。


「良かれと思って手入れの仕方を変えたのに、歌仙にそんな反応されるとますます混乱してきちゃって……。だからもういっそ、蜂須賀には選んでもらおうと思って。五段階から!」
「………」
「その方がお互いにとって良いじゃない?」


 また勢いづいて、前のめりになってきた私を蜂須賀が座るように押し戻す。私がすとんと腰を落として座り治したのを見て、蜂須賀虎徹は笑んだ。誰よりも柔和に目を細める。


「俺はきっちりとやってもらえればそれで良い」
「ううん……。それも難しいような」
「言われてみれば君の手つきはかなり念入りだが、俺は好きだよ。君の手が」
「蜂須賀……」


 散々しつこいやらねちっこいという扱いを受けた手も、蜂須賀虎徹には気にならないらしい。正直、その言葉に救われた。失いかけた刀剣を扱っていく自信に、ようやく光が射す。


「あ、ありがとうね」


 気が緩んで、滲みかけた目尻をぐいっと拭ってから、今度こそ手入れに臨むため、私は道具を手にとった。
 私が手入れをすすませやすいように、蜂須賀は目を閉じ、体から力を抜いて全てを受け入れる体勢でいてくれる。彼の薄紫の髪が装備にかかるようなら、彼から髪をまとめ、邪魔にならないようにしてくれた。
 ふと、蜂須賀が聞いてくる。


「君はさっき、考えあって手入れを念入りに行っていたって言っていたけど」
「うん?」
「どんな考えか、聞いても良いかい?」
「それは……幸せな記憶が、欲しいから。貴方にも、私にも。戦いじゃない記憶が私を強くしてくれると思うの。それに……」


 それに、全てが終わった時。彼らの勇姿と共に、同じ戦いに挑んだ仲間として、彼らの愛しさも語れる私でいたいとも思うから。強かったとか、素早かったとか、あの作戦を成功させたとかじゃない。
 私が出会った存在として、彼らを語る言葉を持ちたい。性格がどうだったとか、癖とか、笑った顔とか、何を良しよして何を嫌ったかとか。そんなことをきちんと誰かに説明できる、主でありたいと願っている。
 だから私は幸せの一時が欲しいのだ。


「それに……。これ以上は恥ずかしいから、だめ」
「なんだ。残念だな」
「ごめんごめん」


 鍛え抜かれた彼の鋭さを取り戻すのには相応の時間がかかったが、無事に手入れは終了した。装飾も見事な輝きを取り戻していた。


「お疲れさま」
「主も。ありがとう」
「いえいえ。……あ、ちょっとまって」


 もう完璧に仕上げたと思ったのに、まだやり残した部分があった。私は道具箱の中を漁り、ようやくそれを見つけだした。木櫛だ。女物であるが、私の日用品では無い。
 それから蜂須賀の薄紫の髪を一房掬いとって、毛先をとく。


「ごめん、これだけ」


 全てがほどけて、一本一本が流れるようになったのを確認して、その一房を彼の胸元に戻した。
 そうして、蜂須賀の手入れがようやく終わる。ご満足いただけただろうか。その結果は、何よりも蜂須賀虎徹の満足そうな笑顔が物語ってくれている。