脱衣所の籠の中に、見慣れない着物が畳んであって、ああ主が風呂に入っているのかと理解した。この本丸でことあるごとに着物を変えているのは主くらいだ。他は各、一張羅の戦装束で顕現する。戦うために姿を現しているおれたちの着物は、人間がまとうそれと異なる意味合いを持っていると思う。おれたちの衣服はおれたちの存在と完全な分離は無く、どちらかというと髪に近い。人間のものほど異物では無いのだ。
 あとは内番用の衣服を着るくらいなもの。見慣れない色が視界にちらつくなと思えば、それは主が持ち込んだ色なのだ。

 衣服は主のものであるが、主では無い。隙間からかすかにけむる戸。この戸の向こうで主は何もまとっていない。そんな当たり前のことを確認して、おれは戸を開けた。
 は、とはおれに気づいて体を凍り付かせた。
 けれどすぐに諦めの仕草。どうでも良いと言わんばかりに視線を逃がすと体を隠さず、むしろ湯からはみでる肩を、湯を絡めた指で擦った。
 いよいよ、おれは確信する。主が幾人かと寝たというのは本当の話だったのだ。

 気づけば彼女は壁を一枚、失っていた。あまり考えを語らない人柄である上に、刀剣には見せない部分の多い人間だった。冷たいのでは無い。ただ、温度のない女性だと思っている。
 手をさしのべられたところで、向けられた手のひらの意味を拾えない。打ち鳴らそうと戸を叩いたら、その音がどこかに吸い込まれ無かったことになる。一方通行の好意を向けたとしても、そのまま通り抜けて彼方へ行ってしまうことばかりだったというのにここ最近の主は違う。
 体温を与えれば彼女に混じり合っていくのでは無いかと、期待を抱かせる脆さを感じさせるのだ。

 落ち着き無く、衣服を脱いでしまった。主は口を噤んだまま、逃げるそぶりも無く体を暖めている。癖で手ぬぐいだけを掴んで、湯をかぶってからざぶんと入ると、凍ったようだった彼女の体が湯に揺れた。

「………」
「………」

 一切の言葉が無かった。は諦めの感情の元に肉体をさらけ出していた。さらけ出すと言っても、そうおおっぴらな見せつけではない。おれが視線を這わせるままに、隠すそぶりがないのだ。
 まだ湯に揺れている彼女の手を掴んで引き寄せる。浮かべた水風船のように飛んできて、おれのひざの上に収まった。
 おれのひざに座ると、湯の下だった乳房が出てしまっていた。寒さでぷっくりと乳首の頭がたっている。

「………」
「………」

 まだ言葉が生まれない。
 欲情していく自覚が、まざまざと有る。
 心臓が鳴っていて、目の前の存在に己の様々なものが引き寄せられ、集中していき、彼女以外が見えなくなっていく。
 かすかなしかめ面の、後頭部を支えて熱い唇を吸った。

「ん……」

 一度、薄い手のひらがおれの胸を触った。おそらく抵抗したかった、だが素肌に触れたことに驚いて手のひらは引いていった。
 そこに服が無くて困る手のひらにおれは共感した。一糸まとわぬが見たかった。だけど触れるとすぐ体温というのもまた戸惑ってしまう。

 口を離して首に吸いつくと、その首がこんなことを喋った。

「こんなのの、何が良いのよ」
「こんなのって?」

 喋る首に喋り返すと、がくすぐったそうに身を捩る。ああ、おれの息がくすぐったかったのかと、もがく体が途端におもしろくなる。

「薄っぺらで貧相。骨っぽくて、女らしくない」
「確かに薄っぺらで、ふくよかとは言えないな。豊満なのが女らしいとするなら、は女らしくない。けれどのものだからな。良いんだ」

 言いながら、乳房を下から持ち上げるように揉みながら、名前も良いなあと、薄ぼんやりとした感覚が浮かぶ。口に甘く馴染む。響きが、いつもと違うおれの感情を誘う。
 一重に彼女の持ち物だからなのだろう。もし彼女がとは別の名前でも、主がそれを冠しているのなら同じようにおれは、口に甘く馴染むと崇めただろう。

「薄っぺらが好きなの」
「薄っぺらは、好きなの一部だからな。好きだ」
「………」
「好きだ」

 を作り上げている全てが、おれの好きなものだ。こらえているような声、熱い息、こんな時まで寄る眉間のしわ、首にはり付く髪、鎖骨、揺れる胸、内蔵まで小振りなのかと思わせる腹、くるぶしの骨、内太股の白さ、全て。
 好きだ、好きだ、好きだ好きだと繰り返しているうちに、さっきは戸惑っていた彼女の手がおれの肩を掴んでいることに気づいた。彼女の股の方へ顔を向けていると、おれの髪をくしゃりと混ぜる。

「………」
「なに」

 は一切笑わない、悔しそうにも見える。だけどおれは笑う。
 ほとんど独り言の言葉が彼女に通用すると思わなかった。今までの一方通行が嘘みたいにを動かしている。はおれを含めたら、何人と寝たことになるんだろう。裸をさらした態度はもう何人に見せても同じと自棄になったのもあったんだろう、結局この主は刀剣とは恋をしない。だけどおれはまだこれからも懸想を続けられると思った。

「う゛、あぁ……っ!」

 が呻き、おれに乗ったまま風呂の湯に波を立てる。おれより長く湯に浸かっていたはずなのに、彼女の中は冷えていた。けれどそれも次第に馴染んでいく。おれの熱をが吸い込んでいく。そう思えば愉悦は更に高まる。戸を叩いた音は消えずにちゃんと彼女を揺らす。そこにちゃんと、救いはある。