※堀川国広のお話のif。堀川がもし審神者が自傷行為をしていたのを知っていて、その上で小刀を見つけたら。

※堀川がぶっ飛んでるし、やんでれ気味。いわゆる狂愛?

※怖すぎて書きたくなった感じですので、内容も怖い(と思う)。R-15くらい?










 主さんが懐から出した小刀を見て、僕はようやく自分が見当違いを起こしていたことに気がついた。僕は、主さんがあくまで護身のために小刀を持ち歩いてるとばかり思っていたのに、実際目にしたそれの刃はお粗末で、湯葉程度しか切れそうにない。カミソリの方がよっぽどよくできている。
 小刀を手にして、様々な事柄が結びつく。

 主さんが、何を思ってかは知らないけど、自分で自分を傷つけていたというのは、一期一振さんが起こした騒動と一緒に僕も耳にしていた。この、誰にも抵抗できそうもない刀は他でもない、主さん自身を切るためのものだ。


「ひどいよ、主さん……」


 こんな奴に、そんな仕事をさせていたなんて。やりきれない気持ちで僕はうつむいた。


「ごめん、堀川」
「ねえ、主さん。自分で切ったところ、見せてよ」
「え?」
「こんな適当な奴での切り傷なんて、心配だよ」
「それは……」


 主さんは、この状況にも関わらず言葉を濁している。僕の気持ちは、少しも伝わっていないと思うと歯がゆい。
 最近この人はずっとこうだ。愛想笑いもできないことは分かっていたけれど、心までは閉ざしたりしてなかった。

 確か、胸元を切っていたと、聞いている。主さんの利き手を考えれば、おそらく左胸の近くだ。僕はもう我慢が効かなくなって、主さんの着物をつかんだ。

 そして僕の目にさらされた、枯れた松の葉が散らされたような細い無数の傷跡だった。
 はっはっ、という短い息の合間に主さんは抵抗の声を混じらせる。


「ほり、か、わ、やめ……」
「主さん、やっぱりあまり上手じゃないね」


 あえぐ胸で傷が上下にふわふわと揺れる。まじまじと見ると、小刀のつけた傷の安っぽさまでも露わになった。肉をちゃんと切れていない、所々で薄い皮を引きずっていて、主さんが可愛そうになる。


「ねえ、主さん。もうこんなことはしないでよ」
「し、しない。もう、しない……」
「うん、良かった。代わりに僕が切ってあげるからね」
「——え」


 僕の手を退けようと、袖に爪たてられてた主さんの指が小刻みに震える。


「怖がらないで。主さんよりは絶対に僕の方が上手だよ?」
「いや、だめ……、いらない、いらないよそんなの」
「そいつには切らせたのに、僕にはさせてくれないの?」
「何を言ってるの? 切ったのは私よ……?」
「違うよ、そいつだよ」


 主さんに握られたのも、主さんの肌に触れたのも、紛れもなく名も無きそいつなのだ。渦巻く嫉妬で、目が回りそうになる。冷静にならなきゃ。
的確にやらなくちゃけない。着物をちょっとも擦ってはいけないんだから。僕は深呼吸をいくつか繰り返してから、抜刀した。


「動かないで、主さん」
「待って、堀川、本当にやめて。もう、自傷なんてやらないの」
「どうして?」
「だって一期も、薬研も悲しませた。だから、やめようって」
「したいなら、して良いんだよ、主さん」


 傷跡の数の多さで僕には分かる。主さんにはその痛みが必要だったということだ。だから何回も傷つけた。
 何をこらえていたのか、痛みによって何を繋ぎ止めていたのか、悔しいけど僕にはまだ分からない。
 だけど、訳を知らなくても、僕ならお手伝いができる。


「主さんができないなら、なおさらだよね。僕に任せて。ちゃんと、力加減するから」


 主さんは本当にか弱い。僕をちゃんと畏れて、震えはしているけど、動かないでいてくれる。

 左胸に広がる、彼女の不器用な傷たちは今日から治癒に向かう。そこに僕自身を滑らせて、新たな、一番綺麗な線をつけてあげられる。
 胸がすく思いだ。


「ぃ、っーー!」


 痛くても痛くても死ぬわけじゃない傷をつける。そういう行為だって、主さんも分かっているはずなのに、主さんはそれこそ「死にそう」な顔をして僕の刃を受け入れた。
 血の気が失せて、眼孔が暗い闇を見ている。だけどのどは必死に息をしている。自分でやる時もそんな顔をしていたんだろうか。だとしたらなおさら僕は、あの銘の無い小刀を許せそうに無い。この、背筋が粟立つ感覚は、もう僕のものだ。