「狐とは、馬鹿な生き物だ」
「………」
「馬鹿で、阿呆だ」
誰も私の暴言を咎めやしない。これを言う相手が小狐丸であり、また、言葉を口にする私自身が、人間で無いからである。
人間で無い、なんて回りくどい表現をしたが、私も言ってしまえば狐だった。生まれつき妖力を得ていたので、また普通の狐とも言い難いけれど、しっぽを持ち、長めの三角の耳を持ち、四足歩行で山を歩くのが元来の私の姿だった。
今は世のため人のため審神者なるものを務めることになり、便宜上、人の形をしている。
この本丸に狐に関する刀剣男士は二振りいる。鳴狐と、今私に寄り添う小狐丸である。
こうして無駄話をする相手はいつも小狐丸だ。鳴狐とはちゃんと関係を結び、仲が悪い訳ではないが、いかんせんあのお共の狐が私を怖がるのだった。
小狐丸の狐らしい容貌に私も落ち着くものを感じ、夜な夜な彼を呼び寄せ無駄話に興じるのだった。
私が悪酔いするのを知っているというのに小狐丸はこうした夜は必ず酒を私に飲ませた。彼は相槌もそこそこに目を細めると、まるで純水にも見える酒を注ぎ盃を渡してくる。
「ぬしさまはなぜそのようなことを仰りまするか」
「よくも考えてみろ。人が人の歴史を脅かそうとしているというのに、その人の歴史をただ在るべき姿に正そうとしているのは何者か。我らでは無いか」
夜な夜な、思い至るのはこの城の滑稽さだ。
歴史を保護する最前線。人間のために虚構の城に集うのは刀から姿を現したつくも神と人間のまねごとをする狐。
ここに人間などいないというのに。人間のために戦っている。
「狐とは馬鹿な生き物だ」
「そして阿呆と」
「ああ。阿呆の大馬鹿だ」
怪しい力の持ち主の私は、狐の仲間もそこそこにして、人間に近づいた。人間に、興味があったのだ。大人の人間も好きであったが、子供たちは特に好きだった。
人間どもに毛並みや美しさを褒められるのが好きであった。何か供物を貰えば人間どもをよくしてやろうと思い、力をふるったものだ。
人間たちと仲良くしたかったというのに、私はいつの間にやら人間に煽て乗せられ、今や時の最中で審神者業だ。
虚構の城、虚構の本丸、虚構の男どもに、阿呆の狐。
ここに、人間はいない。
同じ狐ならいると思ったが小狐丸も所詮刀かと思うと、私はやるせなくなる。酒をぐいと飲み干す。真夜中だというのに視界が明滅する。
「何を考えているのです」
「私は、所詮狐だ」
「ならば狐らしくこの晩冬を過ごしましょう」
人と神の交わりならば咎める者もいたかもしれない。だが私は狐だった。妖怪と獣の交わりだ。どちらも酔狂者。放っておかれるのが当然だ。
私は狐で、人の形はしているが、戻るべき人の道は無い。小狐丸もそれは同じだった。
目の前が回る。小狐丸は盃を差し出す。もう酒は受け取れないと押し返せば、なぜか私は背中から倒れ込んでいた。
「ああぬしさま、春が楽しみです」
こぼした酒で濡れてしまった私の着物を剥がしながら、小狐丸は笑った。