戦から帰ってきた一期一振は、血の気の無い青い顔をしていた。装備等が少し持っていかれたものの、刀剣自身に被害は無しと聞いていた。なのに一期一振がその様子なので、私は報告が間違っていたことを確信した。
「一期さん!」
「あ……」
「大丈夫ですか……? すぐ手入れ部屋に行きましょう」
「手入れ部屋、ですか?」
「え、怪我があるんですよね?」
「いえ、私自身は怪我は……」
「でも顔色がずいぶん悪いです。どこか体を……」
一期一振はやはり青い顔で首を横に振った。
「私を心配くださり、ありがとうございます。でも、そうでは無いのです」
じゃあ何があったのと問いかけたが、一期一振は口を引き結んだ。
「そう。貴方が無事なら、良かった。お疲れさま、ゆっくり休んでね」
彼は今はとても話せるような心境では無い。そう判断して私はひとまず戦闘の報告を受けるべく、自分の仕事へと戻った。
報告をまとめ、編成に手を加え、次の戦の準備を命じる間も、一期一振の暗い顔は頭にこびりついていた。弟たちを率いる兄であろうと、彼はいつでも優しい笑みを浮かべているような男だ。
その彼があそこまで表情を崩した。戦った相手に悪いものを見たか、彼自身に何かあったか。考え出すと切りがない。なんだかんだ私を主として認めてくれている一期さんのことだからきっと、戦況に関することなら報告があるはず。
彼自身の問題、か……。
そうなるとどこまで踏み込むべきなのか、急に分からなくなる。でも一期さんのことを放っておくことなんて私には出来ない。そう強く思える。
私は覚悟を決めて、弟たちを見守るように座っていた彼に声をかけ、自室へと呼び出した。
「さっきよりは顔色がよくなりましたね」
「ご心配をおかけして、申し訳ありません」
「良いんですよ。でも、やっぱり一期さんのことが心配なんです。せめて訳を聞かせてくれませんか?」
「……。どうか……」
一期一振は何かを願い出ようとした。けれど、肝心の願いの内容を言う前に首を横に振り、願おうとした自身の気持ちも振り切ってしまった。
代わりに覚悟したように眉間を引き締め、口を開いた。
「この度の戦闘で、貴女様から頂いた刀装を、敵に持って行かれてしまいました。いや、“敵に”というのは言い訳に過ぎませんな。私の不注意で、壊してしまいました……」
「え……」
そんなこと? というのが私の自然な反応である。
「どうしてそこまで気にするの? 戦闘の最中、装備を壊すくらいは誰でもやってしまうことじゃない」
「それは、そうですが……」
私の言っていることは間違っていないはず。だけど一期一振はまだ顔を暗くして少し俯く。
彼には何の刀装を持たせていただろうと考えて、はたと私も気づく。
「そっか……」
思い出した。一期一振が、持たせた刀装を壊したのはこれが初めてだ。今日まで彼は一番最初に渡した装備を今日の今日まで壊さずに使っていた。
それは偶然だと思っていた。けれど一期一振の方も大事に使っていてくれたのだと、愚かにも私は今になって気づいたのだった。
「……一期さんは壊さないな、とは思っていたんですけど。すごく大事にしてくれていたんですね。ありがとう、一期さん」
「でも、壊してしまいました」
「良いんですよ」
そんなこと、とは言わないでおく。この人は、私があてがった装備をとても大切にしてくれたのだから。
「怒らないのですか?」
「怒るわけないですよ! 本当にありがとう、一期さん。さっき、なんて言おうとしたんですか? “どうか……”って。私にお願いしたいことがあるんなら言ってみてください」
「どうか嫌いにならないでください、と言いそうになりました。女々しいですし、子供みたいだと私も思っていますのでどうかお気になさないでください」
彼は器用でもあり、不器用でもあるようだ。
例えば弟たちが何か失敗をしてしまった時、彼だって、注意はするけれども、その失敗した本人を嫌いになるわけじゃない。当たり前のことだ。
けれどその当たり前は、一期一振自身には適用されないらしい。
貰ったものを壊してしまった自分を嫌わないで、なんて怯えは確かに子供みたいだ。
「嫌いになるわけが無いのに」
「そうですよね、貴女様をそんな風に狭量だと思った自分を恥じています」
「私が心が広いかどうかは分からないけれど……。それ以上に、貴方が無事で、笑っているのが好きだから」
貴方が笑っているのが、好き。こう伝えるだけならば、きっと変な響きは持たないで済む。
「だから、大丈夫ですよ。一期さん」
私も笑顔でそう伝えれば、ようやく大好きな人は大好きな表情をしてくれた。