ちょっと離れたところから僕を見る目を、はじめはなんとも思わなかった。けれど最近は、煩わしい。この一言に尽きる。
 続々と首から落ち始めた椿の花を見やる僕へ見やる、彼女へ冷めた視線を投げ返す。


「そんな顔をしないでくれよ、歌仙」


 おやつ時でもないのに羊羹を頬張る彼女は、白々しく肩をすくめた。


「あ、それともこの羊羹食べたい?」
「そうじゃないさ」


 否定したのに彼女は楊枝で羊羹を切り分けている。すっと楊枝を通し、一口の羊羹を僕の方に向ける。
 ふい、と顔を背けるとようやく彼女はあきらめたらしい。僕へと切った羊羹、それから残りも同時に刺して、味わうこと大きな一口で食べきってしまった。


「そう怒らないでよ。好きだから、見てしまうんだ」
「好き?」
「うん。歌仙を見ているのが好きなんだ」


 ふと喜びそうになる自分の心を抑える。彼女は決して僕を好んでいるわけでは無いと知っているからだ。彼女が好きだと言ったのはあくまで、僕を見るという自分自身の行為である。
 ひとすくいの期待を外す彼女の味気ない答え。内心僕はがっくりと気落ちしているのだが、彼女はいっさい気づかないのだろう。今までもそうだった。


「……、そんなに僕が雅かい」
「雅だからというよりは、興味深いからかな。歌仙が一番、人間の体を楽しんでいるように見えるからね」
「そうだろうか」
「違うかな? 花を触って、鳥を追って、風に吹かれ、月を見上げる。そして心を震わせている。
 もちろん刀そのままだった歌仙にも心はあったと思う。けれど、心惹かれるものに近づいたり、そういった行動を起こせることはやはり、動物だからだと思う」
「………」
「それに見たもの感じたことを捉えようと言葉を紡ぐことというのは、いかにも人間臭い行為だと私は思っているんだ。その人間臭い行為を歌仙、貴方は自分がどんな表情をしてやっているか分かってる?」


 僕の返事を聞くまでもなく、「分かってないよね」とは笑った。


「人の表情を盗み見ては、笑うなんて随分じゃないか」
「ごめんごめん。どうか気を悪くしないで欲しい。悪い意味じゃないんだ。歌仙の表情は、見ているこっちまで……なんというかな、忘れていた大切な事を思い出させるんだ。まあ簡単に言っちゃえば幸せを思い出すよ」


 そう言いながら湯呑みの中を飲み干し、小皿と楊枝もまとめて手に持った。
 かち合う食器。今日の彼女はせわしない。この後にすることが山ほどあるのだろう。間食の後、一息入れることなく立ち上がった。


「歌仙」


 去り際、彼女は僕をやはり遠くから見つめた。


「今は人間のなりをしているけども君は刀だ。刃を鈍らせてはいけないよ。
 けれど、戦以外の時間は歌仙のためだけにある物だと思う。大切にして欲しい。身勝手ながらそう願うよ。歌仙の思うまま、存分に好きなことをして欲しい。不自由もあるだろうが、自由もあるはずだ。もし私に手伝えることがあるなら、言って欲しい」
「………」
「私は貴方たちを戦わせる。けれど、貴方たちにより多くの喜びがあるよう、願ってもいるんだ
よ。んじゃ私は行くね」


 恐ろしいほど余韻を感じさせずは僕を残して行ってしまった。茶器が擦れ合う音が廊下の奥へと遠ざかっていく。

 花を触って、鳥を追って、風に吹かれ、月を見上げ。そして心を振るわせている僕へ、好きなことをしろ。僕の好きにならない人はそう言った。
 君には自由もあるはずさと、僕を縛る人はそう言った。

 彼女。今は遠く、僕を見ていやしない。だからもう放たれたいのに、僕は僕の眉間からどうやっても力を抜くことができなかった。