今、星を見ている。そこに立っているくらいなら、ここで並んで一緒に夜空を見上げよう。そう声をかければ一期一振は流れるような動きで隣に腰をおろし、私に習って縁側から暗闇へ足を垂らした。
「眠れないの?」
「貴女こそ」
ひそひそ話はそこで途切れて、私たちは同じ方向を見た。未来とも過去とも言えない空間の夜空は不思議に私を引きつける。
星を見ていた彼が深く息を吐いた音が聞こえ、目だけ横に向けたそこに、あどけない顔があった。この時間帯だからだろうか。星に見入る彼から、ぽろぽろと殻が崩れて急に覗いて見えたのは澄み切った好奇心の光だった。
最初の一瞬は意外に思えたけれど、次第に、その表情は一期一振に最初から宿っていた一面なのだと思えてきた。
穏やかな時間のはずだった。ほとんどみんなが寝静まった夜の縁側で、隣に座った一期一振が見せた顔。それが私に衝動を抱かせた。
辛いことはないかとか、無理してないかとか。いつでも相談に乗るとか、そんな捻りも無いことを言ったのだと思う。実際何を一期一振に伝えたのかは、彼からの返しに驚いてさっぱり消えてしまったが。
「貴女今、私の姉になろうとしましたか」
その声は、問いかけの割に、確信を持った色を持っていた。
心の内を見透かされて目を見開くと、一期一振はつるりと笑った。笑みに宿る、透き通った優しさ。鉢に張った水に落ちてはじけた、朝露みたいだと思った。
「よく、分かったね」
彼が生きにくさを感じているのならば、それを解消する存在になりたい。その願いまでぴたりと言い当てられたのには驚いた。
少し俯いた一期一振。その眉は少し困った時の緩急を描いている。
「貴女の優しさから、親愛に一番近い匂いがしました。貴女が主であろうとする時とは、全く違う匂いだったので」
「気に障ったのならごめん」
「いえ、謝られるような事ではありませぬ。むしろ貴女にそこまで心配をかけてしまって」
「私が勝手に心配しているだけだよ。」
「ああ、そういう事でしたか」
また一期一振の深い息が聞こえる。今彼はどんな顔をしているんだろうか。気まずさから私は横を見ない。
「自分は、刀です。私達の繋がりは同じ作り手から生まれている。それに限ります。しかし貴女の思う兄弟とはまた、事の様々が違うように思います」
「そうなの?」
「ええ。人間の兄弟というのは私を同じ血を分け合ったものでしょう。けれど私と弟達というのは、吉光が私を作ったことで次が生まれていくわけでしょう。だから、弟たちを見ていると、私が生まれたことで彼らが生まれたのだと強く感じるのです。吉光が腕を錬磨し、また次を作り上げた。その血を感じるのです。だから、ただ愛しい」
「………」
「私が鍛えられることであんなにたくさんの刀剣が生まれたのだから、私も生まれて良かったと思います」
気づけばぽかんと開けていた口から、はあ、となんとも言えないため息をついていた。
「少し……、分かったかな。一期一振の言いたいこと」
人間なんて、父と母が生もう思えば無尽蔵に作れる。何度子供を作ろうが、大元の遺伝子情報に変わりなんて無い。けれど、一期一振の父は、刀を作る度に経験を積んで、その経験から新しい刀を作り上げていく。一期一振を経て生まれた短刀に、自分自身の血を見る。彼は刀だから、そういうこともあるだろう。
彼らと私。父の概念も兄弟の概念も違う。
驚きと感心と、やはり彼らは人間のなりをしていても違う生き物であると突きつけられた寂しさが二度目の息を吐かせた。
「でもやはり太刀として前に前に立とうと思うと、言えないことは増えていくものですね。弟達には何の心配もなく、強く明るくいて欲しいですから。それを辛いと思ったことはありませんが、弟達の前で自分がそういう立場であることは感じていますから……」
「ねえ」
「はい」
「私に気を使ってる?」
いいえ、と即座に柔らかい返事がある。
「お伝えしたいのは寂しいということです。もし貴女が姉になるとしたら、それは寂しいことですな。
今この身で、言えないことは、少なければ少ないほど良いと思います」
「……、うん」
「私が刀であり、貴女が主である事は変えようありません。しかし私がお嫌いで無いのならば、どうか姉ではなく、貴女として接してくれると嬉しい」
「うん、分かった」
結局一期一振にうまく、言い治められてしまった。けれど悪い気はしない。
今ここで、縁側から足を垂らしながら夜空の前に並ぶ私たちは、主と刀では無い。人間と刀であり、私と一期一振であると感じられた。