※恋愛感情込みで仲良くさせたつもりなのですが、曲調を踏まえて内容が薄暗い。ひねくれ気味の仲良し。
※流血とかの表現あり。

※付喪神が存在してる世界観に対して、軽率に軽度の仏教的要素が入っています。
そういう宗教に対するフリーダムさがだめな方は読まないでください








 政府の基準だと、審神者になるための条件が刀剣男士を顕現させられることのみに比重が行きすぎていて、その他の適性ほぼ全てが軽視されているのは悲劇だなと思う。審神者として刀剣男士を顕現させられるならばそれで良い、その他を問わないだなんて暴論が過ぎる。私が審神者になったことについて、私から文句をつけさせてもらうとしたらやっぱり一番は私の精神についてだ。私の精神は低ランクだから。妬みも嫉みも癇癪も手放せなくて、年齢の割に子供っぽいのに子供のような愛らしさがどこにもない。まるで生まれたての猿ねって言われてしまったらそれこそ猿みたく怒ってしまう、しょうがない私。
 残念なことに精神性が幼稚であったところで政府の要望は満たすことができているらしく未だこんのすけがクレームをつけてきたということは無いのだけれど、成熟とはかけ離れた私から一番の被害を受けているのは政府じゃない、刀剣男士であろう。彼らも親を選べなかったのだろうか。出会えた時はただただ嬉しいくせにその熱が去ると相応しさなんて無い主人の元によく現れてくれるものだなと事あるごとに考える。強い願いや思いを抱えた付喪神たち。おのおの、なんだかんだ一途で純粋だ。自分の人間性の酷さはそんな彼らに囲まれていると際立つようで、だというのに皆私を主だなんだとよく慕ってくれるのだからまた事があるごとに私は本丸から逃げ出したくなる。審神者という使命を投げたいどころかそこの木で首を吊って全てからオサラバしたい誘惑。そしたら今度は猿よりもうちょっと進化できるかもって。ううん、虫なんかに戻ったって別にかまやしないのだけど。
 オサラバの誘惑は強烈で時に抗い難いほどに甘い香りを発するが、そうしてぐらりと傾きかけた私に一陣の救いをもたらしたのが鶯丸だった。彼は私を受容したのだ、ひらすらに。そんなことしてくれるの、鶯丸しかいなかった。

 今でも一番に鮮烈な記憶を残すのは、傷を負った鶯丸がいたとして、切られた肉と滲む血の隙間に骨が見えないか白っぽいであろうそれが見えないかと興味を抱いてしまった時、「見るか?」と鶯丸がその傷負った腕を差し出してくれたことだ。土に滴ったとろっとした粘りけのある飛沫、それが地面に赤い斑点を作ってその模様、大きさまで覚えている。
 期待の眼差しを向けると鶯丸が微笑えんでくれたことも。

『良いの?』
『ああ』

 淀み無く言われ、私は遠慮がちに彼の傷を引き寄せた。むわりと生臭い香りがしたのだった。
 なぜ額をつき合わせて鶯丸の骨探して覗き込むような事態になっていったのかと聞かれたら鶯丸がそうしてくれたからと言う他無いし、なぜなぜどうしてそのお相手が鶯丸だったのかと言われるとやっぱり鶯丸がそうしてくれたから、それ以上のことはさっぱり分からない。分からないのだけど鶯丸は馬鹿みたいな私の好奇心から始まり不安定さまで全てを受け入れてくれるんだから、私の心が彼にすり寄っていくのは当然の成り行きだったと思える。
 今思い返しても、彼と私が近づいていくのに歯止めになってくれるものはひとつも存在しなかった。困ったことに。あらがいようもなく彼と引き合ってしまったことには困惑しながらも、私の本心は恐らく困っていない、困っているどころか私の精神衛生は彼に支えられている。出会って以来徐々に彼のペースというのが所々で浮きがちな私の隣を歩くと妙に心地よく合わさってしまっていた。まるで変拍子みたく。それは調和、と呼べるのでは無いだろうか。鶯丸が血が滴るのも放っておいて骨をお覗きよと腕を差し出してくれるのだから、ああ出血が酷くて骨は思ったほど上手には見えないなと答えを見つけられて、私の疼いた好奇心は願いを果たして眠ることができたのだ。




 ひとはそれぞれに未完成であると思うが、はまた、俺を誘う類の未完成な人間だった。無垢でいつかの完成を待つ少女とは違って、の危うさはどうにか部品を足してやらなければ勝手にどこかへ行きその先で何も成し遂げることなく自壊するであろうものだった。
 私は審神者になる器では無いと自身何度もぼやいていたが、俺も全くその通りだと思う。未熟というよりは彼女の器はヒビが入り、水を入れれば下から漏れ出すそれに見えた。の足りないもの。その器のヒビに何を塗ってやれば良いかどこに何を足してやれば彼女が上手に歩いていけるかまで俺にはすっきりとよく見えていて、しばらくは視界に納めるのが面白い存在だった。
 見ているだけでおさまらず、その足りないものを俺の手で足してやろうと思ったのは気まぐれじゃない。ある日、不器用ながら悪態をつきながら、苛立ちながら苦悶しながら彼女が言った。

『私が主でごめんなさい』

 ただの人間から審神者になったことはにとって悲劇だったのかもしれないと知った。

『まあ、随分ここまでよく生きてきたものだな』

 どうしてこんなことを気にするのか分からないが、その謝罪は刀剣男士であれば誰にでも言うんだろうな。そう思いながら、俺は明るく笑っていた。
 肯定も否定も、侮辱ともとられる言葉に癇癪を起こすこともなくふいと目をそらした。俺はその頭を戸惑いなく撫でていた。

『何よ』

 短い句の割に棘のついた言葉が返ってきて、見ると手の平の下からが見上げていた。敵意と戸惑いのこもった目線。大丈夫、まだ見えている。彼女の欠陥が。

『なあ、。俺とたっぷりばかをしよう』
『………』
『いいだろう?』

 唇と強く噛んだ彼女が頭の上に載せたままの俺の手に苦しげに爪を立てて、遂に離さなかったのだから、その爪痕と一緒に答えは是として受け取った。その後のある日。腕の肉を深く切って帰還した俺を彼女は目を丸くして見たのだった。

 生臭く汚れた俺相手に向けるにしては眼差しが恐怖や心配からのものでは無く、のどが好奇心に鳴っていて直ぐ様気づいたのだ。彼女はこの傷をまじまじと見たいのだろう。元はと言えばこの身も彼女によってもたらされたもの、俺に抵抗感は無く、腕を酷く素直でつぶらな瞳の前へと差し出した。
 血の奥をどうにか見透かそうとした彼女はどうやら傷そのものを見たいのでは無くて、その奥に何かが見えないかと期待したようだった。しばらく俺の腕の中を見たの、上げた顔はすっきりとしていて、親からの課題を無事に終えた子供のようで、俺は彼女の相手をするのは思った以上に楽しいことだと知った。

 次第に周りが、主の奇行には鶯丸が付き合うという目で見てくるのも心地よかった。梅に鶯、彼女には俺なのだ。





 鶯丸のおかげで夜にすっきりと瞼を閉じた。だけど今日はまだ暗い内にけだるく目が覚めた。横に眠る熱が私をまだ眠りへと誘いながらも不快感が強かった。
 むくりと起きあがる。寝汗を思ったよりかいてしまった。首に手をやるとそれはするりとは滑らない。それもこれも鶯丸と同じ布団で寝るからだ。いくら布団を薄く、寝間着を薄くしても彼と一緒に寝るものだから互いが互いを暖めあってしまう。ぬくいまま寝られるのは良いことなのだけれど行きすぎるとこんな風に起きた瞬間からからに乾いている。
 まだ瞼を閉じている鶯丸。彼は私と共に布団に入ると寝すぎてしまうと言っていた。それは私にとって嬉しい事実で、寝ぼけた頭のまま彼のくっきりとした瞼を指でなぞった。それに二重の線。黙られると美しいことを意識せざるを得ない存在。寝相で乱れた衣服を直して私は彼を置いて布団を出た。

 汗かいた寝起きに熱い煎茶。この選択で良いのだろうかと思った。けれどきっと鶯丸なら熱いのをしれっとした顔で飲むだろう、ならば私も飲めるだろう。そう結論づけて結局急須に沸騰したお湯をいれた。

「ああ、

 部屋に戻ると鶯丸も目覚めていた。勝手に窓を開いて、未明の風を受けている。

「起きてしまったの」
「そうか」
「うん」

 私はひとつ頷く。そろりと動く暗い部屋。闇に目が慣れているから行動できる。お茶と湯呑みとが乗った盆を彼の傍らに置くと、やっぱり鶯丸は暗い中でも伝わるくらい嬉しそうに熱々の茶を飲むのだった。

「すまない。だが、寝起きの茶を飲みたいところだった」

 正直鶯丸が起きるとは思っていなかった。湯呑みをふたつ用意したのは私の最近身に付いた癖だった。

「ありがとう」
「……鶯丸の方が、私に随分優しくしてくれてる」
「どうした? 急に」
「ううん」

 結局私は熱すぎるお茶を飲む気にはなれなくて、そっと鶯丸の横に座った。やはり汗が不快感があってぐったりしていると鶯丸がお盆の上の手ぬぐいをとる。私が台所で濡らしてきた手ぬぐい。こういうところで鶯丸は勘が良くて、私がなんのために持ってきたのかお見通しなのだ、そっと首に当てられる。冷たくて息を詰めているとまたその手ぬぐいが首を滑って胸元を拭った。冷やっこさに声を出さないよう歯を食いしばっていると鶯丸が笑い声をかみ殺している。

「……なに」
「いや」

 なにがそんなにおかしいんだか分からない、分からないけれど鶯丸はそのまま私の体のほとんどをなぞるように手ぬぐいを滑らせた。鎖骨、肩、肘に指の先、わき腹に乳房の下。布団の上のじゃれあいの様相。だけど気分は鶯丸に水を与えられている草木だった。

「ねえ、鶯丸。私、人間かな」

 濡れた水でなぞられることで体の形を教えられたような気がして、唐突にそんなことを聞いてしまった。 私くらいの年齢の人間ってもうちょっと成熟してるもんだけど、私はそうはならなかった。周りについていけなくて混乱のまんまこんなところまで来ちゃってどうにか審神者でいなきゃ遙か彼方の悲願を達成せねばと思うのに、小さな本丸で私は迷い子だった。私の体は人間だけれど精神は低ランクだから。だけど鶯丸のおかげでだいぶ良くなった、ような気がしているのだ。鶯丸のおかげでどうにか人間になれたんじゃないかって、自信が無いながらも思っている。鶯丸から見たらどうかが知りたくて投げた問いは、彼の顔を歪ませた。彼は私が人間かどうかには触れないで例え話をした。

が人間じゃなくなったら俺が例え羽根をもいででも人間にしてやるさ」
「……羽根が生えるの? 私に?」
「ああ」
「………」

 鶯丸の言わんとしていることが上手く掴めないのは寝起きの気だるさがまだ残っているからだろうか。
 私は猿と言われても仕方がなかった私からどうにか人間になれたかなと問いかけたのに、羽根が生えるというのはなんだか人間をとっくのとうに越してしまっている。そんなんじゃ全然無いのにな。
 でも相手がなんだか尊大な存在に思えるのは私も同じ。もう横の彼をただの付喪神とも刀剣男士とも思わない。尊いって言っても良いんじゃないかな、彼みたいなひとのこと。私が悪童だからそれと歩調を合わせる彼も悪の化身みたく思える時がある。けれど本当は優しさと強さが二つ重なってぎゅっとひとつに纏められたみたいな存在なのにね。
 細い男の身をぎゅっと抱きしめた。ごめん、ごめんね、鶯丸ごめんね。どうしようもない私だけどせめて私は私ばっかり構ってるんじゃなくて、あなたにもっとたくさんのものあげられたら良いのに。





 彼女の体温を吸ってぬるくなった手ぬぐい。それで彼女の女体を触っていた時も思ったが、縋るように抱きしめられるとああ人間の体をしていると感慨深い。
 俺は、遙か昔にみたいなモノに出会ったことがある。モノと表現するくらいだからそれは人間のかたちをしていなかった、寂しさまみれの救い難い畜生の類だった。この現世になってそのモノは彼女として生まれたらしい。人間のかたちをして現れた、打ち捨てられた業を心の奥深いところに飼った、ヒビの入った器はという名を与えられた。
 付喪神は今こうして人間になり、自らを使い戦えるようになった。遙か昔に手の届かなかいどうしようもなかったが人間の器に入って、何ができるようになったかというと愛情を受け取れるようになったのだと思う。

「ごめん、ごめんね、鶯丸ごめんね」

 胸の中でが謝罪している。先ほどまで彼女の身を清めていたせいで背中の肌が大げさに見えている。

「どうしようもない私だけどせめて私は私ばっかり構ってるんじゃなくて、あなたにもっとたくさんのものあげられたら良いのに」

 未熟な自分への苛立ちに支配されていた彼女が、今は俺へとむせび泣いている。本当には今、人間だなと思う。
 その昔には寂しさまみれの救い難い畜生、だけど畜生と呼ぶには惜しい鳥だった、

 私、人間かなと問われたが、ああそうともは人間だ。足りないものを足しを人間に押し上げたのは俺だが今では俺は俺の行動を少し後悔している。はあっと言う間に人間に、それこそ俺の刀としての生涯から見れば瞬く間のように早々に人間になってしまった。だから想像するのだ、この次は彼女は何になってしまうのだろう。清められ奇麗にうねる白肌が目の奥で残像を重ね、嘆かわしい気持ちになる。が人間じゃなくなったら俺が例え羽根をもいででも人間にしてやるさ。返された俺の言葉の意味をは知らない。
 そこにないも生えてはいないことを確かめるように露わになっている背中を撫でると、彼女は慰めと受け取ったのかごめんなさいごめんなさいを繰り返して嗚咽が激しくなる。さらに背を撫でる、もしが天へ近づいても直に飽きて戻ってくるように、ここが良いと感じられるように。彼女をここに留めるための優しさはそうして咽び泣きをもたらす。ああ、が過呼吸を起こしている呼吸している、ありがとう俺も泣きたい気分だ。








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この内容さすがに解説あった方が楽しめるのでは、と思ってしまったので解説。


このお話に入っている仏教要素というのは主に六道輪廻のことでした。
鶯丸が審神者の畜生道→修羅道→人間道という変遷を見守る立場にいる、ただしその魂に対して恋愛感情を持っていて、というお話。

序盤の審神者の精神状態は修羅と人間の境くらい。で、鶯丸が慈悲を与え彼女を完全な人間に押し上げていくが、鶯丸自体は彼女に対する執着があるのでそれ以上の彼女の成長、人間道→天道への移行に抵抗している、というお話。です。