※時系列的な混乱を招かないために切り離していますが、「許可はしてない」の続きのお話です。キバナさんにチケットもらった開会式に行く話。書かないって言ってましたけど書きましたすみません〜!
どうしてキバナはいつもチケットを一枚しかくれないのだろう。貴重なものでもあるし二枚ねだりたい、というわけではないのだけど、一枚しかないと私は一人でスタジアムに向かうしかない。大きなスタジアムで友人と連番をとるなんて奇跡は期待できないし、いっそ自腹で構わないから二枚分の購入させてほしいくらいだ。
もちろん貴重な一枚であることは分かっている。特に今回は開会式のチケットはお高くつくし、まず買うことにこぎつけるのも大変だと知っているので、文句を抱いてはいけないのだろう。
昔の自分は周りなんて気にせずキバナの応援に出かけていた時もあったのだから、いろんな意味で強かった。なんて思いながら、私は誰も伴わず、一番ラフで騒げる服装をして今季リーグの開会式へ臨んでいる。
「う、わぁ……!」
通路を通り、座席へと進んで、スタンドへ出ると声が抑えられなかった。
青い芝生、眩しいライト。反対側のバックスタンドにいる人々が小さく見える。日常では味わえない開放感に一気にテンションが上がっていく。
歴史を感じさせるナックルシティのスタジアムと比べると、シュートスタジアムは先進的で未来的なスタジアムだ。規模も大きい。ダイマックスもキョダイマックスも入り乱れる大きな試合を毎回受け止めているというのに、施設の劣化が感じられないのが驚きだ。
ナックルシティのスタジアムはキバナが毎回のようにすなあらしにしたり、天候の変化が激しい試合が多いので、修復が大変との話も聞いた。なのにシュートスタジアムは座席も新品のように綺麗で、その時点でお金がかかっているのを感じる。
こんな綺麗なスタジアムで、座席はメインスタンド。きっと試合展開がよく見えることだろう。これは一生思い出に残るかもしれない。キバナになんとお礼をしたらいいかわからなくなっちゃうなと思いつつ、自分の座席に進んだ。
キバナが出る試合のチケットをいつもなら受け取らない。行かない理由はキバナにはなくて、スタジアム内の雰囲気に、自己中心的なワケがあって耐えられないから、というのが大きな理由だ。
開会式ならば周りの雰囲気もまた違うかもしれない。そう思い受け取ったのはある意味正解だった。ナックルスタジアムなら全方位をキバナのファンに囲まれてしまうのはよくあることなのだが、今回の座席周辺には様々なファン層が入り乱れている。
例えば右隣は、赤いものを身につけて、見るからにカブさんのファンだとわかる、私と同年代の女の子の二人組だ。反対の左隣に陣取る集団は、オニオンさんをまるで保護者のような目線で応援するおばさまがただったので、そこも良かった。
ちなみに前はダンデさんのレプリカキャップをかぶった男の子の家族。後ろもやっぱりダンデさんのすごさを熱く語る男子学生たちだった。さすがチャンピオンだ。少し離れたところでピンクをまとっているのはポプラさんの応援だろう。こういう場にはエール団と呼ばれるひとたちがつきものなのに、今回は見ない。ということはネズさんは不参加なのだろうか。
見渡していると全体にはやはり、ダンデのファンが多いのもわかる。
ここにいる全員が早く見たいと熱く望むもの。メジャーリーグ1位のキバナと、チャンピオンダンデのエキシビションマッチだ。
私も彼らに負けないくらいキバナを応援してあげようと、やる気が湧いて来た。
やっぱり誰かと来られないにしても、実家から誰かポケモンを連れて来るべきだった気がして来た。この興奮を一人で受け止めるには苦しいくらい胸が踊っている。
まだかまだかと待ち望んでるうちに、急に音楽がスタジアムの雰囲気を変える。盛り上がる観客たち。
そしてローズ委員長の挨拶と共に、開会式は幕を上げた。
翌日の寝起きは、良いものではなかった。まず喉が痛い。久しぶりのスタジアム観戦で、私は喉のペース配分を見事に間違えてしまった。
もちろん体も痛い、というか重い。夢中で腕を振りすぎてしまったせいか、両腕が痛んだ。
それでも今日はお店に行く日だ。私はのそりと起き上がり、ワードローブに着替えた。
口を閉ざして、自分を抑えて抑えて抑えて歩いた。
でも結局我慢ができなくなって、お店に入る前に私はロトムにお願いして、一通、メールを送ってしまった。
“昨日は試合、お疲れ様。今日ももしお店に来るならでいいんだけど、私の休憩時間、11-12時だから、できたらその時に来てほしい”
贅沢な時間を過ごして来たというのに、最高の興奮を味わったはずなのに、レジに立っても笑顔がうまく作れない。
重い体を動かして仕事をする。試合後だし、キバナは来ないかもしれない、来なくても仕方がないと自分に何度も言い聞かせた。
でもキバナは来てくれた。立ち姿から昨日の疲れは感じられず、表情はひょうひょうとしたものだった。
ちゃんと時間を合わせて11時に現れてくれた彼を、私はすぐお店の裏に来てほしいと頼んだ。
「どうしたんだ、」
従業員用の出入り口がある路地裏で、キバナは薄笑いして私を見下ろしている。こんな気持ちは、こんな気持ちでキバナを見るのは久しぶりだった。
「く……」
落ち着け落ち着け、抑えろ抑えろ抑えろと念じ続けて来たのに、口を開いたらもう押さえつけることはできなかった。
「っ、悔しいの!! キバナが負けて!! めっっちゃくちゃ悔しいんだよ!!」
私のかすれた叫び声が路地裏に響く。喉の痛みとして、体の痛みとして全身にも響き渡って、それだけでカッと目の周りが熱くなる。
私がこんな風に暴れ出すとは思わなかったんだろう。キバナは虚を突かれたみたいな顔をして、そのあと私から目をそらしたのだった。
「あー……。ほんとに、来たんだな」
「行ったよ!! ありがとう良い席だった!!」
叫ぶようなのは感謝を伝える声音ではないとわかっているけれど、感情が抑えきれない。しかも子供のような地団駄を踏んでしまう。
「ああああもう悔しすぎて頭がおかしくなりそう!」
「しかもダンデの開幕即キョダイマックスって、それどうなのよ!?」
「くそー! キバナはダブルバトルの方が得意なんだから! 自分に有利なシングルバトルで勝ってるってことわかってるのかな!?」
ダンデの強さはわかる。圧倒的だ。最強なのもわかるし、皆が夢中になるのもわかる。だけど私が一番好きなのは、幸せを掴んでほしいのはキバナなのだ。
歯をぎりぎり噛み締めて私がどうしようもなくなっていると、「ああ」みたいな、掠れた声が上から聞こえた。そう思ったら抱きしめられた。キバナの大きい胸や手のひらたちから弱々しくかけられた体重に胸が苦しくなる。
キバナ、やっぱり悔しかったんだろうなぁ。そう感じたと同時に、私は自分の感情をぶちまけたことを後悔した。
一番悔しかったのは私じゃない。毎日努力しているのは、ポケモンたちと向き合っているのは、戦っているのは私じゃない。
私が騒ぐのは違う、自分の感情は放っておこう。私が言いたいのはそんなことじゃない。もっとちゃんと言いたいことがあって、私はキバナを呼び出したのだ。
私はキバナを抱きしめ返した。できるだけ強く、ぎゅうと腕に力を込めてから顔を上げる。
「キバナ! 良いバトルだったよ! こんな感情ぐちゃぐちゃになるくらい! キバナが全力で戦ってたから、最高の試合だった!!」
「泣くなよ」
うるさい、感情がぐちゃぐちゃなんだって言ったでしょう。みっともない泣き声が漏れないように歯を食いしばっていると、キバナの抱擁が強く、締め付けるようなものになる。
彼の腕に力がこもっていけばいくほど、これがキバナの気持ちの強さなのだろうと思った。私も少しでも悔しさを共有できるよう腕に力を込めた。
ふと苦しさが緩むと、「」とキバナに名前を呼ばれた。顔をあげると、降って来るのはキバナの手のひらだ。大きいてが、私の前髪を押し上げて額とまぶたを覆う。
あれ、と違和感を抱く。キバナの手のひらが冷たくて気持ちいい。
「……、オマエ、熱くないか?」
「は、はぁ?」
頭がガンガンに熱い、という自覚症状はあったけれど、それは悔しさで興奮しすぎたせいだと思う。大丈夫だよと言いたいのだけれどふにゃふにゃした言葉しが出てこない。そのままキバナが私の腕を引いてバックヤードの椅子に座らせられた。
座るとどっと疲れが押し寄せて、途端に寒気がひどくて、立てなくなってしまって、キバナが熱いと言った意味を理解した。
私、風邪をひいていたらしい。人の多いところではしゃぎすぎて、疲れた体にウイルスをもらってしまったみたいだ。
どうしようもなく喉が痛くて、体もだるくて、気持ちの抑えが効かないなと思ったら、そういうことだったのか。いつもは我慢できたこともできなかった、それは風邪のせいだったんだ。
結局そのまま私は高熱を出し、二日ほど風邪で寝込んだ。
そして自宅のベッド、くらくらする頭でやっぱり、キバナの応援に行くのはもうやめようと思い直したのだった。