もう二度と来なくていい。そう念を送って見送ったウォロは、一月も経たないうちに再訪した。背中の荷物に、麻袋いっぱいの食材をくくりつけて。
 手渡された麻袋はずっしりと重たい。私は眉間に皺を寄せて彼を睨みあげる。

「おい、ウォロ」
「はい! なんですか、さん」

 私が言いたいことを口にする前に、ウォロは自分本意に勝手な言葉を継ぐ。

さんがジブンのこと、覚えてくれていて嬉しいです」

 添えられたのはこちらの調子を崩す、無邪気な笑顔だった。私がこの男を信用しきれていないせいでどうにも胡散臭さが拭えないが。
 口ばかりの調子のいいことを言うあたり、やはりこの男は生粋の商人だ。

「……ウォロ、なんだよこれ。押し売りはお断りだ」
「違いますよ、これは手土産です。酷いですね、押し売りだなんて。ああこれ、まだ下処理ができていないんです。というわけでジブン、さんの台所借りますね!」
「おい、待て!」

 手渡してきたはずの麻袋をひったくり、ウォロは再びまんまと上がり込む。

「やはり瓶や壺やら。すごい数ですね」

 悠々と我が家を見渡すと、ウォロは台所に立ち、腕まくりまで始めた。私が小言をつけようとすると、ウォロは袋の中から取り出した白いものをずい、と目の前に突きつけて来る。

「雪の中で育ったスナハマダイコンです!」
「いや、知っているが」
「もちろんそうだと思いました。たださんなら、このあたりじゃスナハマダイコンが採取できないことも知っているだろうと思いまして」
「まあ……、そうだが……」
「そんなスナハマダイコンが、なんとここに三本も。雪深い地で取れた、上等の品です。さんならきっとうまくいかしてくれると思い、持ってきました。一番のおすすめはなんですか?」

 ウォロは三本もの重たいスナハマダイコンを私に手渡す。手で触れると瞬時にわかった。スナハマダイコンの質の良さが。身の部分はずっしりと重たい。水分が詰まっている証だ。葉も瑞々しく、全てが何かに活用できそうだった。
 目の前のウォロを追い出そうとするより先に、頭が動き出す。結果として私は考えることに意識が生き、黙ってしまった。侵入者よりも自分の好奇心を優先し、ウォロの無作法な行為も許してしまったのだった。

 台所に立ち入られた時点で、もしかしてと勘が働いていたが、その通りになった。やはりウォロは食事の時間までのらりくらりと居座ったのだ。

「ウォロ。おまえ、いつ帰るんだ?」

 私は生来、圧倒的に心配りというものに欠けている。だから偏屈との称号を得たのだ。その呼び名を裏付けるような言い方をしてしまったが、ウォロは動じなかった。

「いつ帰ってもいいんですが、ジブン、さんの作るものが好きで! 今日も何か食べたいです!」

 遅くまで粘っててっきり何か高価なものでも買わされると思った。が、示されたウォロの要求は思った以上に簡素。それでいて理解のできないものだった。

「は? 一回食っただけだろ。しかも食ったのは水ばかりで薄味の雑炊じゃないか」
「確かにあの雑炊はほぼ水でしたね。それでも面白かったんです。だからさん。手土産も多めに見繕ったことですし、またジブンに一飯の恩を売ってくれませんか?」

 私は口籠った。自分の毎日の食事は、人に振る舞うようなものではないことはよく分かっている。だが私はすでにずっしりと重たい手土産をウォロから受け取っている。

 一人で細々と暮らすための食糧を大の男に分ける。それがまた、一見自分に利はないように見える。だが、前回ウォロに自作のあれこれを食べさせた時、ウォロの反応は私の研究の参考になっていた。
 もう少し塩気が欲しいとか、匂いが独特だとか、食感が楽しいだとか、子供には食べられないだろうだとか。口うるさくも伝え上手な彼の感想は、充分レポートの体を成していた。し、独居の私には目新しく感じられた。
 言ってしまえば面白くて、後で手帳に思い出せる限りを書き留めたほどだ。

「……何が出ても文句は言わないな?」
「ジブンは、こう思うんです。」
「まずかったらまずいと言ってしまうかもしれません。それは用意してくれたさんに対して随分な失礼です。けれどもジブンはこう思うんです。まずいの一言を苦情と思うか、ひとつの指標と捉えるかで、意義は変わります」

 さんならわかってくれますよね?
 そう言いたげに目が細められる。私が頷くとそれは完全な、満月のような笑みになったのだった。




 普段そう多く食べなくても活動できる私に比べ、ウォロはやはり大人の男だ。体格を見越して少し多めに出してやったが、それも難なく食べてしまった。
 私は見かけたものを食べてしまう癖があり、コトブキムラの一部では悪食と呼ばれていた。だけどこの男も相当である。
 これ、固いですね、顎が疲れます。なんて言いながらもウォロは結局、全てを胃に入れてしまうのだ。

「これも食べてみな」

 多めに出してやったつもりだが、まだ食べられる様子のウォロ。それを見て、私は戸の奥の瓶をひとつ開けてやった。
 固いきのみを一度粉に挽いて、水を加えて固めて、焼いたものだ。

 煎餅の出来損ないみたいなものだが、きのみで作っているのでエアームドも食べられる。エアームドに投げてやると、鋭い嘴で捉えて啄み始めた。
 ポケモンも食べれるそれにゆっくりとウォロは咀嚼する。

「……甘い、ですね? ジブン、これ好きです」
「元が酸味が強くてな。人間向けに甘いきのみを混ぜたんだ。渋みはどうもならないが、酸味なら甘さでどうにかできるんだ」
「なるほど」

 興味深げに咀嚼するウォロに、今度はまた別の瓶から、煎餅もどきをもう一枚、皿の上に乗せてやる。

「こっちは混ぜてるものが違う」
「いただきます」
「どうだ。香りのおかげで舌がひんやりするだろ」
「はい、舌の上が不思議に冷たい。いいですね。こっちも面白い、好きです」

 ウォロの反応を伺いながら、好きを安売りする男だなぁと、思った。私には安い口説きより、私が抱くものとは違う、ウォロなりの感想が聞きたいというのに。
 彼の第一印象はその薄く伸びた唇だった。どうせ人を口車に乗せるのが上手い男だろうと思った。だのに、「好きです」という素朴すぎる彼の感想では手帳には書き留めにくくて敵わなかった。
 私はどっと疲れて、何度もため息を吐いてしまう有様だった。

「ごちそうさまでした。何かちょっと面白いもの見たさだったんですが、こんなに楽しませてもらってしまってすみません」
「あとで腹が痛くなったらちゃんと言えよ」
「あはは、どうなるか楽しみです。ね、さん」

 好きと同じくらい、ウォロは私の名を呼ぶ声も安売りする。安売りは当然ではある。口にするだけなら何も金はかからないのだから。言うだけタダと思ってウォロも口にしているのだろう。

「一宿一飯のご恩にお応えして、ジブンからもさんに何か差し上げたい。ですが、ジブンの手持ちと言ったらどうしても商品になりますね。今日も何か相談はないですか? ある程度でしたらお得意様価格でっていうこともできますが……」

 そう言ってウォロはカバンを開けようとする。私は静止した。

「いいよ。それはウォロの商い、食べてくためのものなんだろ。私に金は出せないからしまっといてくれ」
「ですが……」
「手土産ももらってる。もしお前がいるのに耐えられなくなったら、エアームドに協力してもらって蹴ってでも追い出すよ」
「それは怖い!」

 言いながらウォロは思わず、と言った様子で破顔した。本気で辛抱ならなくなったら蹴り出すつもりだ。ウォロは両肩から力を抜き腹に手を当てて笑っている。

さん、本当に、話だけでも聞かなくっていいんですか?」
「いいって、しつこいな。そんなに気がひけるって言うんなら、そうだな。話を聞かせてくれたら、それでいい」
「話ですか?」
「伝承だって大事な研究材料だよ。商売のためにあちこち顔を出してるんだから、何かしら聞いてるだろ。何にもなきゃ、架空の、寝物語でもいいからさ」

 ウォロの目がぐるりと左上を向く。考え出した彼は、茶で喉を潤してからその唇を開いた。

「……それでは、ジブンが少し前に聞いた、この土地にまつわる言い伝えについてなんですが、……」

 コトブキムラから離れて、エアームドの力を借りた孤独な暮らし。自分の畑で植物を育てて、ポケモンを観察して手帳に記す。
 自分が立てる音と雨風の音。ポケモンのなきごえ。そんな意味を持たない音ばかりを繰り返し浴びて来た。そんな私の錆びたような身に、ウォロという男が語る物語は、あたたかな湯に浸かるように染み込んでいくのだった。