ウォロは我が家に来ると、いつもきょろきょろと辺りを見渡す。私はそれを最初、すでに何度も寝泊まりしたこの家で、まだ目新しいものが無いかと探しているのだと思っていた。何か彼自身の好奇心を擽ぐるもの、要は暇つぶしを探しているのだと踏んでいた。だが、見慣れてくると様子が違って見えてくる。彼は、何かを探している。

 以前、彼の目的をそれとなく探ったことがある。遠回しな質問であっても、ウォロはひとつだってまともに答えてくれなかった。彼の真意に触れようとする度、ウォロは笑みを貼り付ける。すぐさま目の前の壺を手に取って、これの中身は食べられるのか、それとも何か危ない薬の類なのかと聞いてくる。明らかに誤魔化されてしまうのだ。
 そういった嘘に話を合わせるのは面倒で、次第に私は探し物をする彼に声をかけなくなった。
 だから、もしウォロが自分から私に興味を打ち明けた時。それは本心からの好奇心なのである。

さん、これはなんですか?」
「あー……」
「この家にはまだまだ掘り出し物があって素晴らしいですね」
「……、ついにばれたか……」

 自分が作ってるあれこれを味見して、家にあるあちこちの品に興味を示してきたウォロだ。奥の方、物に埋めるようにして眠らせておいたその土瓶の中身にはいつか気づくのではないかと思っていた。
 これ見よがしに深いため息をついてから、土瓶の封を開けてやる。瓶の口から匂いを一度嗅がせれば、ウォロにもその中身が分かったようだ。

「酒じゃねぇか!」
「ご名答」

 中を覗き込めば、それはどろりと小さく泡立っていた。今の所見た目は悪いが、芳しい香りは酒そのものだ。
 さすがのウォロも土瓶の中身に目を疑っているようだ。口元に手を当て、やや険しい顔をしてる。

「これもさんが作ったんですか?」
「そうだよ」

 私は俄かに楽しくなっていた。普段のウォロはここまでわかりやすい顔をしない。だが目の前のウォロの感情はなんともわかりやすい。固くなっていた頬が、ぎこちなくも動いてしまう。 

「でも酒の製造はコトブキムラでも滅多にされてないはず……」
「ああ、ムラには取り決めがある。酒は決められた家しか作ってはならない」
「そうでしたよね」
「確かに酒を扱うには知識が要るが、本音は駄目な酒を増やして酒自体の価値を下げたくないんだろうね」

 酒は祭事にはつきものだ。また他集落との重要な交易品にもなる。粗悪な酒が日常的に出回るより、大事な瞬間に良い品が出る方が全体にとってよいため、そういった取り決めがなされたのだろう。

「まあでも……、ここはムラの外だからさ」

 口を開いた私は意地の悪い笑みを浮かべていたことだろう。

「取り決めなんて知ったこっちゃない、というわけですね! やはりさんはいい性格してます!」

 いわゆる密造酒であることを打ち明ければ、ウォロの目がこれ以上ないくらい輝く。
 それから、ウォロは甘ったるい表情をこちらに向けた。

「今夜はこのお酒が楽しめるんですね?」
「ええ?」

 さん、と私を呼ぶ声は愛嬌を帯びていた。
 この男はこういう時だけこちらを擽るような可愛さを滲ませる。可愛いとは言い難い体躯のくせに、おねだりの仕方もよくよく知っているのだ。

「素人が作った酒だぞ?」
「学者センセイが何を言うんです。それにこんないけないモノを見つけて引っ張り出してしまったジブンを、ぜひ共犯者にさせてくださいよ!」

 かなり興味を唆られているのだろう。その証拠にウォロの舌はよくまわった。私を逃がさないという気迫まで感じる。
 普段は清廉潔白な商人のふりをしている彼。今ウォロはその仮面を捨て、私欲のためこちらを唆そうとしている。
 まいったな。そう嘆息しつつ、我欲で動いている姿の方が、彼にはよっぽど似合っていると思った。

「……しょうがない、今夜の食事時に少しだけ振る舞うよ」
「ありがとうございます!」
「ところでウォロ。最近、内戸の滑りが悪くて困ってるんだ」
さんも人使いが荒くなってきましたね」
「ウォロとも付き合いがながくってきたからな、扱いがよくわかってきたんだ」
「ええ、ジブンは構いませんよ。さんとは助け合いたい」
「実際助かるよ」

 今夜の楽しみを控えて、ウォロは足取り軽く内戸を見にいった。
 こういう所は単純なのか。再び嘆息しつつ、その広い背中にやはり可愛いところがあると考えてしまう私がいた。





 夜。囲炉裏で火の面倒を見る私の指は、密かに震えていた。

「本当に飲むのか? 素人が作ったものだから悪酔いしても知らないぞ」
「まあそれも一興じゃないですか。さんも一緒に悪い夢を見ましょう」

 素人が見よう見まねで作った酒なんて、ほとんど毒のようなものだ。でもそれを共に飲もうとする男がいる。
 悪趣味な男は私の目の前に座り、艶やかに微笑している。改めて今日は不可思議な日だなとくたびれたため息が出る。
 結局私はいつもの雑炊と漬物に合わせて、濾したばかりの秘密の酒をウォロに注いでやった。

「一応、味見はしてあるが、合わなかったらすぐ吐き出せよ」

 あまりに酷い味を客人に飲ませるわけにはいかない。そう思い毒味は済ませておいた。それでも緊張が拭えない。
 笑んだまま、ウォロがそっと唇を盃の縁につける。
 そして直ぐ後、その味に目を輝かせた。

「いけますね……!」
「そうか。よかったよ。去年はイマイチで、今年は水にかなり気を遣ったんだ」
「当たりですよ、さん!」
「それは良かった」

 ゆっくり飲もう。そう言い聞かせつつ、空いた盃に次を注いでやった。

 悪い酒盛りは静かに夜更けへと進んでいった。
 酒の肴を並べ、酒を注ぐ。同時にすりおろしたクラボの実を漬けた蜜液や、乾燥させたケムリイモの茎を添えたりする。様々な飲み合わせを振る舞ったのは、ウォロを楽しませてやりたい気持ちがあるからだ。
 私という人間がウォロへ、やけにおもねる。その違和感に、ウォロは気づいたようだった。

さん、今夜はやけに気前がいいですね? 何かあったんですか?」
「いいだろ、別に」
「悪くは無いですが、手放しに良いとも思えませんね。一方的なもてなしを受ける義理はジブンにはありませんから」

 にこやかさを保ちつつウォロは少し身構えた様子だった。つまり酒や食事の対価にあとでとんでもない要求を飲まされるのでは無いかと勘繰っているのだ。
 貸しやら、つけやら、借りやら。無償であるものを恐れる。その考え方は実に商人臭かった。

「ほらさん、どういった訳なんです?」
「いや……」

 私は口籠った。私からウォロへ、特に求めるものはない。すなわちウォロが怖がるようなものも無い。一方でこの胸に燻る本心は後ろめたいものがあり、口にするのが戸惑われた。

 囲炉裏の灯りに照らされる整った顔。金糸の髪。それを視界の端に捉えて、私が思い出すのは先日のイチョウ商会とのやりとりだった。
 商会の人間というのは大概、結束や仲間意識が強い。信頼関係を大事にし、儲かる話は仲間内で独占する。そういった印象を抱いていた私にとって、先日コトブキムラで会った商人たちが見せたウォロに対する感情の薄さは衝撃的であった。
 ギンナンと名乗った商人が元から淡白な男だった可能性もある。だが、ウォロのことを尋ねた私でさえ突き放すような言種には違和感が残っている。

 私はあれ以来ウォロに同情的にもなっていた。
 商会に、彼の居場所は本当にあるのだろうか。
 そう思うようになって、また別の感情も生まれた。それは、集団に属せないもの同士の、仲間意識のようなものもだった。

「……気を悪くしないで欲しいんだが」
「はい」
「少しだけ、お前と私は似たもの同士なのかもしれない、と思うことがあったんだ」

 先ほどより掠れた「はい」という相槌が耳を撫でる。私は震えそうになる指を抑えながら続きを吐き出す。

「ほら、どっちも独り身だろ。私は単に己の性分が災いしてる。だが、でも自分の学問のため、納得してここに住んでいるんだ。……ウォロもその点は同じだと思ったりして、な」

 ウォロも、探し求めるもののため、孤独になったんじゃないのか。
 流石にそこまではっきりとは言えなかった。

 彼に目的があること、何かを探していることには気づいていた。
 幾度か共に囲炉裏を囲い、家の中をあれこれ詮索を受けた。最初は売り物を探しているのかと思ったが、ウォロの洞察力は金銭とは別の価値に向けられていた。そこから、商人という生き方が仮の姿であることにも気がついた。
 彼がどんな目的のために動いているかは知らない。私の学問には特に交わるものが無さそうで、興味はない。
 ただ、ウォロの生き方には共感をした。

 この男に対して憎からず思い、いつしか私はウォロの素顔のようなものを追い求めるようになっていた。だから今夜も酒を注いだ。
 少し良い品々を惜しむことなく彼の前に並べたのも、仲間意識と同情からだ。
 同じ苦しみを知るもの同士かもしれないこの男に、誰にも言うことのなかった、私の酒の楽しみ方を分け与えてみたかったのだ。

 普段のウォロなら、私の言う事も何もかわすようも笑って、煙に巻いただろう。
 だけど今、目の前の彼は沈み込んだように笑っていない。

「すまない、気を悪くしないでくれ」

 取り持つように言った私の言葉に、返事もしてくれなかった。
 流石に彼の矜持に障っただろうか。若干の気まずさを感じる。どうしたものかと酒で熱くなったため息を吐いたと同時だった。

 熱いものが手の甲に触れる。何かと思えばそれはウォロの手で、私の指の付け根から手首までをなぞり、艶かしく摩っている。はたと顔を上げればあの目が、楽しげに細められている。

「どうしたんだ、ウォロ。飲み合わせが悪かったか」
「ふふ、そうかもしれません」

 冗談だよなと、彼から軽口を誘ってみた。返ってきた言葉は軽いものだったが、彼から匂い立つ色気は、到底笑えるものではなかった。
 飲ませ過ぎた。そう気づいた時には何もかもが遅かった。




 飲み合わせが悪かったか。それはいつもの軽口と同じ、彼と言葉遊びをするための冗談だった。
 だけど今、ウォロに距離を詰められながら、自分の発言は的を得ていたのかと思い始めていた。
 なぜならウォロの様子ばかりではなく、自分の身にも異常が起きているからだ。
 おかしい。感覚が異様に鋭敏だ。脈が異常に早く肌を打ってるのが煩いくらいにわかる。それにウォロの息遣いが、耳の中に吹き込まれているように近くにも、対岸に在るように遠くにも聞こえる。

 本当に何か悪い組み合わせを引いてしまったのだろう。目の前が回るようだし、座っているのに息が上がる。上がり続ける。きっとそれは、目の前のウォロも同じなのだろう。私たちは同じ酒を飲んだ。
 胸中で悪態をついた。だから密造酒というのはたちが悪いんだ。素人が作るから加減知らずの出鱈目な酒。それはもはや毒と呼んで差し支えない。
 そう今、熱く火照る手と手を重ね合わせたのは、毒を食らった男と女なのだ。

「ウォロ、酔いすぎだ」
さんだって、顔が真っ赤ですよ」
「待て。そこの瓶に水があるから。ひとまず水を飲もう」
「もう少し、この気分を味わってからにします」

 ウォロは今まで見た中では一番の愉悦に目を浮かべている。彼は細めた目尻や白い首元に濃い色気を纏っている。
 目を逸らしたいのに、視線が離せない。動かねば、という思いは全て、うるさい鼓動の音に塗り潰されていく。
 ウォロの笑みにはそこはかとない悪さが帯びていて、まるで本性を垣間見たかのような気持ちにさせられる。それがまた、私を前後不覚にさせる。

「たまにお一人で?」
「え? まあたまには飲むさ。嫌なことを思い出しそうな時は」
「そっちじゃなく、こっちですよ」

 熱い手が、着物の隙間からするりと入り込み、腿をさする。吐息はやはり酒の匂い。色事に縁のない私でも分かる。ウォロに、誘われている。私に沸き立つのは驚愕の感情だ。
 この男、私でできるのか? 本気か? お前なら相手はいくらでも選べるだろ? 選べるからたまには下手物に手を出そうってか? それともやはり、私を揶揄っているのか?
 そんな疑問が次から次へと首をもたげてきて、答えが出る前にぞわぞわと甘い悪寒が上がってくる。ウォロの手が素肌をさする感覚だ。太腿にあった手は、脹脛を通り過ぎてするりと踵をくすぐっていく。それからまた指先に沿うと、肘の先まで上がってきた。それだけの事なのに、思考が奪われていきそうなほど心地良い。
 思わず瞼が落ちかける。すると手が引き抜かれて、今度は着物の合わせから侵入してくる。
 ウォロのなすがまま、事が運ぼうとしている。私が状況を飲み込めないままだと言うのに。
 とにかく身じろぎをして後退しようとした。ただ早すぎる脈のせいか思うように体が動かない。

「ほっ、本気なのか?」
「はい?」
「私を揶揄っているんだよな? そうだろ?」
「はあ……?」
「ウォロ。お前、趣味が悪いぞ。それとも悪趣味とわかって敢えての行動なのか?」

 今度ウォロはひどく面倒臭げに顔を顰めた。やはり飲ませすぎたんだ。そうやって感情を顕(あらわ)にする事が、ウォロが素面でない証左に思えた。

「ああわかったぞ、味見して他の仲間と物笑いの種にする気なんだろ、そうなんだろ?」
「違いますよ」
「そそ、そんなわけ、あるか」
「違いますってば。だからいいでしょう?」

 私がここで強く手を振り払えば、ウォロも興が醒めるかもしれない。けれど毒は、私にも随分回っているようだった。
 おかしなことを考えてしまうのだ。ウォロの素顔と思える表情たちは、驚くべきことに私の貞操を天秤にかけると、釣り合うのだ。
 馬鹿だ。私は馬鹿だ。己の処女より、一時のウォロの本性を取ろうとしているのだから。

「何を考えているんですか?」
「ひっ……!」

 ついに着物の前を大きく開かれた。なのに私は彼の手を振り払ったり、嫌だと言ったりすることはしなかった。
 ただ息を、ウォロが触れるままに荒げるのみだった。滑稽な有様だった。

「あっ、ウォロっ! それぇ、だめ、だ……ぁっ」

 ゆっくりと、ウォロの手によって、酔った体に気持ち良さが積み上がっていく。だめだと言うのは口だけだと、ウォロにはお見通しのようだった。

さん、大丈夫ですよ。その感覚をちゃんと拾ってください」

 手足がだるくて、息苦しい。何を考えようとしても、ウォロから与えられる刺激が邪魔をする。なのにウォロの囁きはするりと胸の奥まで滑り込んでくる。
 彼の、男の体温を振り払えない。全てに対して、酔っているからだ、という言い訳がそこにあった。

 流されていく自分をどこか俯瞰して思った。私は寂しかったのだ。ムラを出たのは仕方がなかったことだと割り切っている。今の生活は性に合っていると思っている。
 だけど、夢を見ることもあった。
 自分がもう少し、良い言葉選びができたなら。人々の感情に気付き、いつも柔かく受け止めることができていたら。誰かの眼差しに、想いに気づける自分であれたら、私もあの人らの仲間になれたのではないか。私も、ラベンさんのように、ムラの人たちと助け合って生きていけたのではないか。
 だけどその全てが今もできない愚鈍だから、私はこの、得体の知れぬ男に縋っている。
 きっとウォロには見えていたんだろう。そんな寂しく欲望していた私が。
 私の弱みを見つけたウォロは全てを自分の呼吸で、やりたいように進めた。一度も私に具合の良し悪しを聞かなかった。全てを何もかも私の反応から読み取っているようで、強引ながら流れるように行為は進んでいった。

「いッ!」
「ああ、痛いんですか。へえ……」

 何も答えたくなくて、私は歯を食いしばった。私が痛がっているのをウォロが楽しんでいる気配がしていたからだ。
 のしかかってくる男はギラギラとした笑みで見下ろしている。裂けそうな痛みに身悶えながら、ウォロのを咥え込んでいる私を。

さん、ほら。痛い以外にもわかるでしょう?」

 驚いたのがウォロと交わることが、確認作業であった事だ。ただただ、ウォロにならどこまでも触れられても大丈夫だというのを再認識させられた。熱く脈打つ薄皮が、私の中を擦りながら通って、一番奥を苦しいくらいに押し上げる。そして彼の物に最奥を突かれて、ああやはり、と合点する。
 私は、ウォロという存在をこんなにも許していたのだ、と。





 ムラを出ていく日。ラベンさんが言っていた。気をつけて、と。
 心配いらないさ、私にはエアームドがいるから。そう鼻で笑ったが、ラベンさんは険しい表情のまま言った。

『気をつけてほしいのはポケモンも、ポケモン以外もです』

 てっきり、この地の厳しい気候のことを言っているのだと思った。嵐や、大雪や、雷雨なんかの家の外に在るものたちのことだと思い込んでいた。
 なるほど。今ならわかる。ラベンさんは言外に、人間のことを言っていたのだろう。こうやってするりと入り込む、ずるい人間に気をつけろと。

 朝。わたしはウォロと同じ布団の中で朝を迎えていた。
 おかしいくらい酔っていた割に、夜の事はよく思い出せた。

さん、可愛らしいですよ』

 その囁きを急に思い出して私は顔を布団に突っ伏した。
 互いにおかしくなっていた。酒のせいもあるが、それ以上に商人の口が言うことだ。信じる方が阿呆だ。なのに、可愛いですね、と。何度かウォロに言われたことを反芻し、間に受けている自分がいる。ウォロはそんな気心の良い男ではないのに、胸は言うことを聞かず、張り裂けそうになっている。

 馬鹿みたいに落ち着けないでいたせいだろう。横の男が身じろぎをする。そっと顔を覗き込めば、長いまつ毛がゆっくりと瞬くところであった。目が合うと、途端ウォロは飛び起きた。布団が跳ね返され、互いの素肌が冷気にさらされる。寄せ合っていたぬるい体温は、すぐさま冷え切った。
 それからは、お早うを交わす暇さえ無かった。

 肌を無防備に晒していたウォロは、顔を固まらせながらも早々に服を直し、手早く髪を帽子に押し込む。狼狽えている私を放ったまま、慌ただしく荷物を背負って戸の前に立った。
 ずっと私を見ないようにしていたウォロは出ていく寸前でようやくこちらを振り返った。そして冷え切った口ぶりで言い放った。

「対価はまた、いずれ」

 そして独りに戻った家で、私は白い息と共に吐き出した。なるほど、と。
 ウォロは商人だから。私の寂しさを埋める優しさに、自分の手管に、値がつけられることを、彼はよくよく分かっているのだ。
 いずれ取り立てられると思った。繰り返すが彼は商人なのだ。
 対価は何になるのだろう。私は何を差し出せば、彼にもらった夜に釣り合うのだろう。よくよく考えたかったが、私はまるでまだ夢の中にいるように、考えをまとめられず。ただただ寂しく息を吐くしか無かった。