やがて、ぼふ、と白色を舞い上げて、わたしは着地した。すぐ足がつくかと思ったけれど予想以上に分厚い白の中に、わたしは頭まで埋まってしまった。
真っ白な波のあいだをもがいて顔を出すと、夜空と月と、あとは辺り一面、白、白、白。こんな風にふりつもるのは雪だけだ。だからわたしがいるここは雪山で、わたしのおぼれているこれも雪と分かっているのだけど、なんだか信じられない。だって、ぜんぜん寒くないんだもの。どんなに雪におぼれても冷たさなんて無い。これもたぶん、ミュウツーの力だ。
『冷たくない雪って、変なの』
『いやか?』
『ううん、ぜんぜん! とっても気持ちいい!』
もう一度、わたしは雪山の白いクッションの中に飛び込んだ。それから、飛び出す。はじけた白がミュウツーの鼻にひっかかって、わたしは思わず笑ってしまった。
『ねえ、ここってシロガネやまでしょう?』
『………』
『そうだよ、ここはぜったいシロガネやま。写真で見たことあるもの』
写真についていた説明文では、シロガネやまは人は入れない立ち入り禁止の場所だと書いてあった。一年中雪がふっていて、とても寒いし、やせいのポケモンたちは並のトレーナーじゃ勝てない強さだそうだ。だから本当に強いトレーナーだけが、許可をもらえて入ることができる、と書いてあった。
説明文は本当だった。どこまでも、たくさんの雪がつもっていて、ミュウツーの力がなくなったら生きていけないくらい寒いんだと思う。
周りにやせいのポケモンたちがいて、わたしとミュウツーの様子を探っているのも感じる。でもみんな動こうとしない。遠くから、あるいは隠れて、わたしたちを警戒している。
きっと、ミュウツーが怖いからなんだと思う。ハナダの街でも急に見たこともない怪しい人が現れたら、ほとんどの人が怖いとか変だと思ってすぐには仲良くなれないのと同じだ。シロガネやまのポケモンたちも見たことないポケモンとは、すぐに仲良くはなれない。
誰もいない雪の野原。夜空の中に浮いているミュウツーを見て、わたしは、強いことは寂しいことだなと思った。
わたしは、最近ミュウツーに近づいてきた。単なる普通の女の子から、ミュウツーに近い何かになってきた、という意味だ。ミュウツーは真に受けないかもしれないけど、わたし自身はそう思う。
そうなりたいと願ったわけではないのだけど、いつの間にかお友達が少なくなった。ひとりでいる時間が増えた。正確にはひとりでは無いのだけど、絶対に前のわたしとは違うし、みんなと違う遊びばかりをしている。
お母さんお父さんにも、隠し事をしてる。家族なのにね。わたしは息を止めてぐっと体に力を入れて、もう一度、雪の深くを目指した。
『すごいね。シロガネやまにパジャマで来るなんて、思ってもなかった』
『そうか』
『うん。ミュウツーのおかげであっと言う間に来れちゃった!』
雪の中潜りながらもしゃべれるんだから、やっぱりテレパシーって便利だ。
さらさらとした雪の中に包まれておぼれる。白い粉砂糖の中を泳いでいるみたいだった。ハナダのみさきでおぼれた時、遠くなっていく世界がとても怖かったのに、今は深くなればなるほど、別の世界にうもれていくみたいで気持ちがよかった。
と、思ったら急に上へ引き上げられる。ミュウツーだった。夢中になって深く潜りすぎていたみたいで、心配させてしまったらしい。平気そうなわたしを見るとまたぽいっと白い雪の中へ落とされた。
それがなんだかくすぐったくて、わたしはお腹の底から笑った。子どもになったみたいだった。わたしは十分、子どものはずだけど。
『ミュウツーも遊ぼうよ!』
『遊ぶ? どうやって』
『雪を感じれば良いんだよ!』
思いっきり伸びをして、わたしは雪の中に倒れ込む。ちらりと視線を送るとずっと浮いていたミュウツーも足を雪につけた。
ミュウツーの足が、ゆっくりと雪に埋まっていく。自分の足下を見つめるその目が少し細くなった。
何も言わなくなったわたしに、何も伝えてこないミュウツー。ふと、周りがとても静かなことにわたしは気がついた。音の無い雪山の世界。黙り込むと、急に寂しい気持ちになってくる。
ミュウツーがいたから、わたしが雪にはしゃいでいたから気づかなかった。今いる世界の寂しさに。白と黒と月の色ばかりのここは、世界のはじまりとは、全く正反対の場所だと思った。
わたしは起きあがって、自分の足でミュウツーに近づいた。雪に足を取られながらも近づいた。
『ねえ、ミュウツー』
わたしはとってもどきどきしながらその言葉を口にした。
『ミュウツーにさわっても、いい?』
ミュウツーに頭を撫でられたことならあった。つむじに感じたまるいかたちの指先なら二回、感じたことがある。それに一度だけ、手をつないだことがある。わたしが部屋中のものを飛ばしてしまって泣いていた時ミュウツーは、わたしが落ち着くようにと手をにぎってくれた。
けど、わたしはもっとミュウツーにさわってみたかった。心はいつでもつなげられて、ほとんどひとつのものみたいになっていても、それでもわたしはミュウツーの体にさわってみたいという気持ちを抱いた。
わたしの方を向いたミュウツーを見て、わたしの胸はきゅうとしめつけられた。ミュウツーはいつも強い力をみなぎらせていているのに、力を抜いた様子でわたしを待っていた。
しかめっつらともとらえられる怖い顔が安らぐと、それはなんだか悲しそうな表情に見えた。そして少し、子供っぽくも思えた。
心臓がどきどき鳴っていた。わたしは指先をおそるおそる伸ばす。わたしにいろんなものをくれた人。わたしの指先の影が、ミュウツーの胸にのびたかと思うとすぐ、指先が当たった。その彼の左胸は、ひんやりと冷たかった。
恥ずかしさに耐えきれなくなって、わたしはぱっと手を戻す。
『もう良いのか』
『わ、わかんない』
『何を恥ずかしがっている』
『恥ずかしいよ……』
『どうしてだ』
『わかんない、けど……きっとミュウツーをたくさん感じるからだと思う』
肌のかたさ、温度の違い。たどり着いた指から、伝わってきた〝ミュウツー〟があまりにたくさんありすぎて、わたし手をは離してしまった。
ミュウツーって〝こう〟なんだ、という事実でわたしの頭の中はいっぱいだ。