カロスに比べると、ホウエンは自然が多く比較的のんびりした場所だ。ムロタウンもその筆頭なのではないかと思う。
ゆっくりと船で近づいていくムロタウンは遠くから見ても、あまり変わっていないように見えた。
わたしが乗った船はここで荷降ろしと積み込みで2時間ほどの休憩をとるらしい。2時間あれば小さなムロタウンを見て回るのには充分だ。わたしはカバンとモンスターボールを掴んで、ムロタウンに降り立った。
砂浜の大地を踏みしめる。上を見上げると空飛ぶキャモメたちが見えて、改めてホウエンに帰ってきたのを感じた。
とりあえず前ここを訪れた時はムロタウンで、何をしたんだっけ。何年も前の記憶をさかのぼりながら青い屋根の建物たちを見回す。
のんびりと糸を垂らす釣り人たち。本島が遠いだからだろうか、町ゆく人たちは口々にはやり言葉を教え合っている。
「………」
なんとなく、足は北に向かう。町からは見えないけれど岩肌を越えて、その奥に向かうとその先に、ひとつ入り口がある。いしのどうくつ。
ポケモンのわざ、フラッシュを使わなければ進めない暗闇の、けれどそこを越えた先に広がる空間で、わたしは……。
グラエナが後ろから服を引っ張る。尻尾は垂れていて、わたしは安心させるように微笑んで見せた。
「ん? 行かないよ?」
その言葉を残念がるようにボールから飛び出してきたのは、ヤミラミだった。
軽々とジャンプしてわたしの肩にのっかると、何か訴えかけるようにルビーの瞳で見つめられる。
「うん、ヤミラミと最初に出会ったのはあの洞窟だったね」
そうだ。わたしが初めてあのいしのどうくつに迷い込んだ時。暗闇の中で真っ赤なヤミラミの瞳が光ったのをよく覚えている。初めは得体の知れない感じがして怖かったものの、その軽々とした身のこなしに惚れ込んで、気づけばボールを投げていたのだった。
その後ヤミラミはフラッシュを覚えて、洞窟を道案内してくれたり、小柄ながらしっかりとバトルでも活躍してくれたりと、頼もしい仲間になったのだった。
「な、何よ? 行かないってば。だって2時間しかないし。疲れちゃうよ」
そう言い聞かせてもヤミラミはじっとわたしを見る。
尻尾、耳、瞳が表情豊かに感情を見せるグラエナに比べ、ヤミラミは表情が読めないポケモンだ。ただし、喜んでいる時は瞳はキラキラ、足取りがスキップしているみたいで、とっても分かりやすかったりする。
「それよりお腹すいたからお昼食べたいよね。ヤミラミも何か食べたいでしょ? グラエナは? ……、グラエナ?」
横に寄り添っていたグラエナがなぜか、後ろを真剣な顔で振り返っている。何か、誰かを見つけたのだろうか。わたしも振り返ってグラエナの視線の先を追った。
「そのヤミラミ……キミは、もしかして」
数メートル後ろの砂を踏む音。
全力で飛び込んでもぴくりとも動かないと思わせる、堂々とした立ち姿。潮を感じさせる色の紙がしおかぜに吹かれている。
「?」
「覚えててくれたんですね、トウキさん」
信じられないものを見るような目つきで、わたしを見つめるのは、ムロタウンのジムリーダー。かくとうタイプの使い手、トウキだ。
トウキさんの後ろには堂々とした構えのムロジムがあった。
そうか。ムロタウンの北にあるのはいしのどうくつだけじゃなかったなと、今更ながらに思い出す。
「お久しぶりです」
「会いたかったよ!」
まさにビックウェーブ。本当に、大波に飲み込まれたのかと思った。全力で飛び込んでもしっかりと受け止めてくれそうな男ナンバーワンが、全力で飛び込んできたのだ。わたしは砂浜の上に倒れるしかなかった。