ただいマルノーム、03



 トウキさん自身は、ものすごい大男ではない。だけどトウキさんの持つオーラは何倍もトウキさんを大きく見せる。

 大きく肉厚の手のひらはわたしをしっかりと掴んで立たせてくれる。わたしを引っ張る動作はとても安定感があって、わたしの体重程度は何ともないようだった。


「一見するとか弱いのは変わってないんだな」
「一見ってどういうことですかねー?」
「君と一対一なら絶対に勝てるのにな。バトルでは負けてばっかりだったよな。……元気だったか?」
「もちろん。健康体で帰ってきましたよ!」


 ははっという爽やかな笑い声。わたしは反対に、トウキさんの笑顔に固まっていた。あれ、トウキさんって、こんなにやんちゃな笑顔を見せる人だったっけ?
 快晴の海辺が似合う笑顔の持ち主だったことは覚えているけれど、急なギャップについ脈を速くしてしまった自分がいる。


「トウキさんも元気そうで何よりです!」
「ああ。ムロもボクも、そう変わりはないさ」
「え? トウキさん変わりましたよ?」
「そうかな」
「はい。なんか、昔はもっとトウキさんを大人っぽく感じていたんですよね」
「それはが成長したからだよ」
「なるほど。それもあるかもしれませんね」


 それだけじゃないと思うんだけどなぁ。自分の成長は自分自身では正確にはかれない。それと同じように、トウキさんも自分自身の変化に気づいていないのかもしれない。
 大人にだって成長がある。それをなんだかとても新鮮なことのように感じる。


「そうだ、お腹は?」
「っすいてます!」


 思わず食いつくと、「お昼時だもんな」とトウキさんはまた無邪気な笑顔を見せてくれた。





 海沿いのお店で、わたしたちは向かい合って座った。塩味のスープと麺が絡み合う。

 横からは海風と、ヤミラミがちょっかいを出してくる。
 ちなみにグラエナはボール中に戻っていってしまっている。ポチエナの時、トウキさんのマクノシタと対峙したトラウマを感じているらしい。
 あの時はわたしもトレーナーとして経験不足だったから、トウキさんにポチエナを繰り出すちう無茶をしてしまったのだった。

 ヤミラミをこれ以上放っておいていたずらされると困るので、スープの張る器の中からナルトを渡してあげる。
 すると案外気に入ったらしい。ぺろりと食べてしまって、催促するようにみつめられる。


「もうないよ?」


 事実を告げるとものすごく残念がられてしまった。
 その横から、もう一枚のナルトが差し出される。


「あげるよ」
「そんな、すみません……」
「いいんだ。ボクはいつでも食べられるからね。懐かしいよ、キミがジムでヤミラミを出してきた時のこと。あまり姿かたちは変わってないけれど、あれからまた相当鍛えたみたいだな!」
「ヤミラミだから進化はしないですけどね」
「どこへ行ってたんだっけ。シンオウ地方だったかな?」
「いろいろ行きましたよ。けど、最後はカロス地方に。ついさっき、船でこちらに着いたんです」
「そうだったのか。しばらくいるのかい?」
「あまり細かい予定は立てていなくて。実家には顔を出しますけど」
「今日は? ゆっくり出来るのか?」


 さらりと予定を聞いてくるトウキさん。恐らくバトルする時間があるかどうか聞きたいのだ。
 ポケモントレーナーと今後の予定を話す時、7割は今度いつバトルをするかという話題になる。残り3割は、いろいろと。


「すみません、2時間後に船が出ちゃうんです」
「そうか。残念だな。でもホウエンにいるのなら、すぐに来られるよな!」


 あ、やっぱりバトルしたいんだ。トレーナーの性というのは単純で、でもみんな欲深くて恐ろしい。


「ジム、まだ真っ暗なんですか?」
「それは言えないな。……挑戦していくか?」
「いやだからあと2時間……どころかあと10分くらいしかないじゃないですか!!」


 ムロをうろうろして、トウキさんに会って、お昼ご飯を食べて。そんなこんなしているうちに2時間はあっというまに溶けてしまったらしい。
 はっと気づけばトウキさんのお椀は空になっている。わたしは焦って麺だけを胃の中に滑り込ませて、席を立った。

 食べた直後に走るのは結構きつい。痛くなるわき腹を押さえながら必死で波止場まで走るのだけど、併走してくれるトウキさんがは顔色ひとつ変えていない。それどころか「頑張れ!」とわたしを励ましてくれる始末だ。
 ふと、体が軽くなる。それもものすごく。横を見るとトウキさんがわたしのヤミラミを抱えてくれている。体が軽くなったのはさっきまで背中にはりついていたヤミラミを、トウキさんが引きはがしてくれたからだった。


「ヤミラミのこと、忘れてた!」


 正直に言うと、トウキさんの笑顔がはじけた。

 軽くなった体。ぐんと走るスピードが上がる。海岸沿いにたどりつくと、船はまだ停まっている。なんとか間に合ったらしい。

 どっと汗が吹き出す。全力疾走を終えたのと、安心したのとでふらついたわたしを、受け止めてくれたのはトウキさんのたくましい腕だった。


「わ、トウキさん、わたし汗が……」
「それくらい、なんだ」


 わたしにとってはそれくらいじゃないんだけど。思わず照れてしまうと、別れの挨拶としてだと思う。そのまま一度、ぎゅっと痛いくらいに抱きしめられる。


「ホウエンにいるなら、また来てくれよ。今度はなにも言わないで旅立ったりしないでくれ」
「……、分かりました」


 ホウエン地方を出て、新たな地方を旅したことに後悔は無い。新しい地方で新しいポケモンが見つかる度に、わたしはわくわくした気持ちでその地へ赴いた。
 旅の途中、後ろを振り返ったことなら何度もある。ホウエン地方のことは特に何度も思い出した。
 それはわたしの一方的な愛着だと思っていた。だからトウキさんがこうして、わたしを責めたのは予想外だけど、嬉しい。


「約束だ」
「はい。……まぁまた旅立つかどうかも、分からないですけどね」
「それって……」
「恐らく、ですけど」
「なら、また会おう!」


 トウキさんの言葉に胸がふるえた。わたしはホウエンに帰ってきた。今度はもう、ポケモンに乗ってひとっとびで簡単にムロまで来られる。そしてトウキさんと今日みたいにご飯を食べたり、バトルしたりできる。
 それをわたしは胸は嬉しいと感じている。


「はいっ、また会いましょう!」


 船の汽笛がなる。急いで船に飛び乗ると、直後、ほぼ同時かというタイミングで船は動き出す。

 離れていくムロの島に、そこに立つ不思議と雄大に感じられるトウキさんに、わたしは大きく大きく手を振った。




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ヤミラミはおもさ11kgです!