ただいマルノーム、05



 ポケモンセンターの待合い室は冷房が程良く効いている。一枚の窓を通してなお、胸躍るカイナのざわめき。
 耳を傾けながら、目は、戯れるユウキくんとグラエナに向ける。
 一番初期のメンバーで、ポチエナの頃から知っている。そんな単純な理由か、ふたりは互いをよく覚えていたらしい。

 けなみをかき乱すように指を入れて、顔をすこしかいてやって、けれどグラエナの嫌いなところには決して触れない。わたしはその様子をしげしげと見つめた。

「ユウキくんのポケモンの扱い方に成長を感じる」
「オレはのグラエナから成長を感じない」
「そう?」
「うん、のグラエナって、表情が甘いというか丸いんだよね。変わってない」
「一番甘やかしてるからかな。全然離れたがらないし」
「うん、そういう顔してるよ」


 一応ちゃんといかくを使うグラエナなんだけど、そこまで甘やかした顔をしてるかな? とのぞき込んだグラエナは確かにあくポケモンの名がすたるレベルでとろけていた。
 でもあくまで、久しぶりのユウキくんに会えたうれしさが加わってのとろけ顔だ。


「いつ帰ってきたの?」
「んー、今日。船に乗ったのはおととい」
「じゃあまだミシロには帰ってないんだ」
「うん。お母さんも多分、わたしが帰ってきたの知らないんじゃないかなぁ」
「うわ、おばさんかわいそ」
「トレーナーはどうしても親不孝になりがちだよね。ねー、ユウキくん?」
「オレはちゃんと研究所の手伝いしてる」


 思わず吹き出し笑いをしてしまった。そうやっていちいち強気に言い返すところが、何も変わってない。グラエナをかわいがる横顔に、せっかく成長を感じたのに。


「……何だよ」
「ううん? 何でもないよ?」


 年の差はそう簡単に追い越せるものではないなと感じる。


「ねえ」
「ん?」
「なんで帰ってきたの?」
「それは……、なんでだろうね?」
「分かってないんだ」
「うん。でもなんとなく、導かれた気はした」
「え、じゃあはこの後どうするの?」
「未定。一応どこかでミシロ方面には進路をとろうと思ってるけど、道とかぜんぜん決めてないなー」
「……、無計画」


 呆れたようにな目で見られる。確かに無計画だけど、計画的に生きているトレーナーもまた少ないとわたしは思うのだ。
 強くなることもなかなか計画通りには行かないし、それにトレーナーがつきあうのは生きているポケモンだ。


「良いじゃない。ユウキくんに会えたんだし」
「………」
「無計画に帰ってきたけど、わたし、いろんなことが楽しみだったんだ。楽しみで仕方なかったよ。またホウエンをこの目で見たいと思ったし、この地方の人たちとまたいつか会いたいと思っていたんだ、……」


 ふと、呪文のようによみがえる。
 では。また。いつか。会おう。
 目の前のものを見失ったわたしをユウキくんがめざとく気づいた。ぼやける視界でも、ユウキくんの唇が開くのが分かった。


「ダ」
「その名前はやめよう」
「……、分かった」
「オダマキ博士は元気?」
「多分とうさんが一番変わってない」
「分かる気がする」
「なんで急にとうさんの話?」
「ユウキくんの言葉でやっぱりさっさとお母さんとこに顔出そうと思って。とりあえずはミシロに帰るよ」
「そっか……」


 グラエナばかりを見る横顔が、一瞬寂しげに見えた。一言ユウキくんの予定を聞いてあげるべきだったかな、でもあんまりベタベタするのもユウキくんは喜ばない気がする……。
 ユウキくんとの距離が上手にとれないのは、やっぱり過ごした時間のせいだった。

 ユウキくんの成長は、ポケモンの扱い方だけじゃない。もう子供じゃない。だからと言って大人でもないけれど、男の人になっていくんだなという片鱗を感じる。
 年下の成長は妙に大きく感じる。まだ年上ぶっていられる。けれど、そんなの関係なくなる時がきっと来るのだろう。


「あのさ」


 どうしたものかな、と止まった考えは、ユウキくんが再び動かしてくれた。


「オレ、これからカゼノさんのところで自転車を変えるんだけど……」
「カゼノさん? あー、キンセツか」
「キンセツ、いろいろ変わるみたいだから、見ていったら良いんじゃないかな」
「……、そうだね」


 臆病になったわたしを導いてくれた。その本人の目が、少し泳いでいるのがなんだかおかしい。


「空で飛んでいくのも味気ないと思ってたんだ。せっかくだからキンセツ寄って、ハジツゲトンネルから帰ろうかな! ユウキくん、ついていっても良い?」


 音もなく返された答え。それを受け取ったわたしは満面の笑顔だっただろう。

 進路は決まった。さっそく立ち上がって、ふたり並んでポケモンセンターを出た。
 またカイナに満ちる音と光に包まれる。目をすがめながらわたしは呟いた。いつまでたってもはじまったばっかりみたいな、なにもない故郷のこと。


「ミシロ、どうせ変わってなさそうだなぁ」


 カイナの音たちにかき消されてしまうような、小さなつぶやきだった。
 けれど横に並んだユウキくんにあっけなく拾われて、「そんなことないよ」って、返された。





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ユウキくんにタメ語きかれるお姉さんポジも良いものではないかと