さて。カイナからキンセツに行くとして。またここでも選択肢が用意されているのがわたしの知るホウエン地方だ。
サイクリングロードを行くか。それとも下の道を行くか。
ホウエン地方ほど自転車のスキルを要求される地形もない。自転車のスキルはさほど衰えていないと思うけれど、今はどちらかというとカロス地方のローラースケーターたちに鍛えられ、ローラースケートの方を自由自在に履きこなせたりする。
ユウキくんも自転車を持っている。上り坂になるけれど、いけないこともないよね……。そう視線がサイクリングロードの入り口に向いているのを、ユウキくんに引き戻される。
「、下の道にしない?」
「わたしはどっちでもいいけど、どうして?」
「話しながら歩こうよ」
「……そうだね!」
自転車と比べれば道のりはゆっくりになる。けれどユウキくんがいるんだから、その遅さも貴重な時間になる。
案の定、道の途中で空が赤くなってきた。
「?」
西の空を見つめて、動けなくなったわたしをユウキくんが呼ぶ。
「うん……」
おざなりの返事。ユウキくんの不思議そうな視線を感じながらも、わたしは赤みを増していく空、そして端の方から這い寄ってくる闇に意識が奪われてしまう。
「どうしたの? 何かあるの?」
「夜が、ある……」
「なに当たり前のこと言ってるんだよ」
そうだよね。世界に夜があり、ホウエン地方にも同じように夜がある。人間にとってもポケモンにとっても当たり前のことだ。
なのにわたしは、ホウエンに夜があったことを忘れていた。まるで、知らなかったかのように。
晴れも雨も異常気象も覚えているのに、わたしには太陽の下で旅をした記憶しかない。
「そうだよね、おかしいよね。ごめん……」
東から押し寄せる闇。立ちすくんでそれを待っているわたしの胸は、静かに、けれど素早く脈を刻んでいる。まるで初めてのように思える、ホウエンの夜を待って。
夜のサイクリングロードのライトがまぶしくない位置に、わたしとユウキくんはテントを張った。
今はわたしはテントの外で、ユウキくんはテントの中で寝転がって夜空を見ている。
やっぱりわたしは真上の星空、その存在自体が不思議な感じがしてしまう。
「」
「ん? 星、きれいだね」
「うん……」
変なこと言って、ユウキくんに心配させてはいけない。その一心で笑顔を保つ。
けれどやっぱりわたしは夜の景色に見覚えがない。煌々と光るサイクリングロード。ここらの水面が夜の色に染まって、こんなに暗く落ち込んだのも見たことがない。
「ユウキくん、あれは?」
わたしは道の向こうにかすかに見える、光の群を指さした。
「あれはキンセツ」
「そっか。夜のキンセツって、遠くから見るとあんな感じだったんだね」
「最近また明るくなったんだ」
「そうなの?」
「うん、今工事をしていて。なんだか知らないけど大きな施設ができるみたい」
「へぇー! どんな!?」
「オレもまだよく知らない」
キンセツの開発。それは意外なできごとだったけれど、納得できる部分もあった。わたしが初めて訪れた時にはほぼ廃墟のようになっていたニューキンセツ。
ジムリーダーのテッセンさんはでんきタイプの使い手だ。それにホウエン地方唯一のコインゲームができる施設もある。
それにアクセスも良い。大きな何かができる下地は十分にある。
「そっか……」
明日、キンセツシティいたどり着いても、わたしの知るキンセツはそこに無いかもしれない。
わたしがキンセツに対して何かをしてきたわけでもない。ただ訪れて、ジムに挑戦して、自転車を貰って、コインゲームをやって。育て屋に行くとき、ハジツゲに行くとき、カイナに行く時、フエンに向かう時。通りがかったりしただけだ。
あれ、思ったより思い出がある。けど、この町に暮らしていたわけではない。それでもキンセツの姿が変わってしまうのは言いようの無い、身勝手な寂しさがある。
ユウキくんがポケナビを操作しながらつぶやいた。
「よく知らないけど、買い物とかたくさんできる、トレーナー向けの派手な施設みたい」
「えっ何それ、すごい気になる! お買い物とか楽しみ……!」
「だよね」
その後わたしはユウキくんをとことん付き合わせた。ユくだらない、でも何かと笑えるやりとり。それにわたしは幼子のように星のひとつひとつにはしゃいで、ユウキくんに同意を求めた。半分めんどくさそうにしながら、でも朝方までユウキくんはわたしの言葉にちゃんと、言葉を返してくれた。
朝は少し遅くして、再び、わたしたちはサイクリングロードを見上げる道を一緒に歩いた。
その中盤だった。なにかとかぶりついてくる野生のゴクリンを、自分のポケモンで応戦していたのが、ユウキくんのポケモントレーナーとして刺激したらしかった。
「、せっかくだからバトルしようよ」
「良い、けど……」
ただ気になるのはこの場所だ。下の道の中盤。草むらの中。なんだか見覚えのある光景。
どうしてこの場所を選んだのか、わたしはユウキくんに聞いてみたい。
だってわたしは、前にもここでユウキくんとバトルをした、気がする。そして意外に強くて、泣きそうになった、そんな思い出がここにある。