また、ひとりになった。いやまたわたしとポケモンだけになった。
ずいぶん長らく人間ひとりとポケモンたちで旅をしてきた。なのに久しぶりのユウキくんと数日をともにしただけで、今ほんの少しわたしの中には寂しさが生まれていた。
見上げてくるまだ子供っぽさの残る瞳が、まぶたの裏に残っている。おそるべし、ユウキくん。
そんな寂しさを植え付けられてしまった体に、キンセツからシダケへの道のりがなにかと賑わっているのは救いだった。育て屋の周りには大人から子供まで、自分とポケモンを鍛えようとする人たちがたくさんいて、沈んだ気持ちを紛らわすのに最適だったのだ。
ふと、思う。ポケナビがあれば、この辺りでエントリーコールを出している昔馴染みのトレーナーに会えたかもしれない。
旅の途中で意気投合したライバルたちの連絡先がつまったポケナビは、残念ながら今持っていない。
捨てたわけじゃなく、実家の引き出しの中に電源を切った上で、しまってある。他の地方ではポケナビは使えないから荷物になるだけ。新しく訪れた地方ではその地方に適したデバイスがあるはず。そう判断して置いていったのだ。
暇な時はあれを眺めて、ひとりひとりのプロフィールを読むのが楽しかった。特に、ジムリーダーなどポケモンの強い人たちのプロフィールは個性的だった。
頻繁にエントリーコールを出すトレーナーはだいたい決まっていた。コールを受けて会いに行ったのに、どこにいるのかわからなくなってさまよった思い出もある。
急にポケナビが懐かしく、いとおしくなってくる。
使い込んだあのポケナビを再び手に入れるためにも、なるべく早く実家に帰ろう。そうわたしは心に決めるのだった。
早く帰ろう。その決心をわたしのポケモンたちはくみ取ってくれたみたいだった。何度も通った道と、どんなバトルもやる気になって早々に片づけてくれたみんなのおかげで想像したよりもずっと早く、シダケに入ることができた。
町に入るとすぐ、わたしたちを柔らかい風が正面から吹き上げた。緑の芝生を撫でたあとの、草の香りを乗せた風。
思わず息が深くなる。自分の髪が舞い上がり、ぐしゃぐしゃになるのも構わずその場で目を閉じる。するとより深く、風の匂いがわたしの中に入り込んだ。
わたしが知る限り、ホウエンで一番静かで、空気が柔らかい場所。それ以上に特別なものは、このシダケタウンには無い。
「はぁ……、いい気持ち……」
すっかりリラックスしきったわたし。けれどさすがに目をつぶったまま歩きだしたのは無茶だったようだ。
その一歩目で、後ろから手を引っ張られた。
目を開けて後ろを振り返ると、わたしの手首を引き留める、わたしより白く小さい手。
「大丈夫ですか?」
まだ高い男の子の声がかけられる。振り返ると、後ろからわたしを見上げるのはシダケの草の色によく似た、萌黄色の瞳を持つ男の子だった。
白い手の持ち主らしい、その顔の色の白さにわたしはぎょっとしてしまった。
「すみません、具合が悪いのかと思って」
「あ、ああ、そういうことか。わたしは大丈夫」
「本当に大丈夫ですか?」
「ごめんなさい、変な心配をさせちゃったみたいだね。平気だよ。ここの風が気持ちよかったから、ぼーっとしちゃってたの」
再度ごめんね、と謝るとその男の子は「それなら良かったです」と微笑んだ。
初対面の男の子だというのにこちらが心配そうになってしまうような、彼の青白い顔。笑うとそれが、赤い花をつけたみたいに色がさす。
男の子の顔にようやく血の気が見えて、わたしはなんだか安心してしまった。
「シダケに来たの、初めてなんですか?」
「ううん。何回も来たことあるよ。ただし、何年も前にね」
「何年も……?」
「うん、ずっと他の、いろんな地方を旅してて、久しぶりにホウエンに帰ってきたの。せっかくだから今は実家のある町を目指してるんだ」
「そうなんですか。……実は、僕もなんです」
僕も、というと? そう聞けば男の子は少し照れたように微笑んだ。
「久しぶりにここに帰ってきました。貴女みたいに何年も、という単位ではないんですが、僕にとっては信じられないくらい久しぶりです。
だった僕は、元々とても体が弱かったから。長く外に出るなんてありえなかったんです」
「そう、なんだ」
体が弱かった。そう告げられても特に驚きはない。肌の色や、顔の血の気のなさもそうだが、彼の体は女の子のように細いのだ。
「でも、ポケモンたちと旅に出ようって決めて、ここを飛び出したんです。そしたら僕が思ったよりずっと遠くに行けました」
彼の見た目のか弱さに気をとられていて、今まで気づかなかったけど、彼の言うとおり腰にはいくつかのモンスターボールが備わっている。
「一人だったらまた、絶対にできなかったと思います。一緒に旅をしてくれるポケモンがいたから、僕は自分の足でいろんなところに行けました」
自分のポケモンを持って、自分の新たな可能性をつかんだ。そんなこの子のストーリーに、わたしは聞き入った。
「僕のお父さんとお母さんは別の……、トウカにいるんです。ここにあるのは叔父の家です。
本当は自分のポケモンをゲットしたら、この、シダケタウンでゆっくり療養するはずだったんです。だけど、僕はここから飛び出して……」
「……、そっか。じゃあその叔父さんに久しぶりにただいまを言うんだ?」
「はい。怒ってないといいな……」
「君の叔父さんがどんな人かわからないけど、きっとたくさん心配したはず」
「ですよね」
「だからこそ、その元気な姿を見せなくちゃね」
彼は彼を、わたしはわたしを、待っているであろう家族の元へ目指して、歩き出した。
きっと見た目のまま優しい心根であろう彼のことをもっと知りたい気がしたが、道はポケモンセンターの前で分かれてしまった。
「それじゃあ、わたしはここで。まずはポケモンセンターに寄らなきゃ」
「分かりました。……もうすぐ、シダケを出るんですか?」
「そうだね。今夜中にカナシダトンネルを抜ける予定だよ」
「そうですか……。……、あの……」
「何?」
「あの……。……、気をつけて帰ってくださいね……」
「うん。あなたも。ありがとう、ばいばい」
わたしがポケモンセンターの中へ片足、入った時だった。誰かが、ミツル! と呼び、帰ってきたのねという声が、緑の風の中に香った。
----
ヒロインは、RSEの主人公たちと少し上の世代という設定です、っていうかになりました、今。
みなさんはやっぱり多数が女主人公(ハルカちゃん)でゲームを遊んだだろうということで、今回はライバルとしてのオダマキユウキくんを採用。
ハルカちゃん=ヒロインもやっぱり違うかな、と思いましたし、それに主人公をユウキハルカと同年代になると、ユウキハルカもまた年齢を重ねないといけない……。
いうことで、少しお姉さんポジションになります。ミツルくんも、知り合いじゃない設定になりました。