ただいマルノーム、10



 116ばんどうろを抜けて、今まで通ってきたホウエンの町の中で、一番、綺麗に敷き詰められた石畳に踏み入る。
 カナズミシティはホウエンの西側で一番の都会だ。

 トレーナーズスクールを過ごしたのもあって、カナズミに宿る思い出の数は多い。心配性な両親をよそにたくさんのバカと無茶をした覚えがある。
 たまに無茶のし過ぎでケガしたりもしたけど、逸る心は押さえきれなかった。
 トレーナーズスクールで何よりも学んだこと。冒険の向こうに、見たことのないものや景色と出会えるとわたしは知ってしまったのだ。
 子供の頃からわたしはこの世界の冒険が大好きだった。

 町の西にある大きなビルは見ないふりをして、わたしは南下の道をたどる。けれど、カナズミの道にすらわたしの思い出は宿る。


「この辺りだったなぁ……」


 ある日、2本目の街頭の手前に、ぽつんと落ちていたそれを、当時のわたしは拾ったのだ。

 それは石だった。一応、この辺りでは見ないような、石だった。
 当時の幼い手では握っても指が周りきらない程度には大きな石で、一見地味。なのだけれど、拾い上げてまじまじと見つめると、光の、細かい粉がまぶされたような模様をしていた。よく見れば見るほど、その光の粉がよく見えてくる。その石ならいくらでも眺めていられそうで、わたしはそれを、石の表面に星空がある、なんて感動したものだった。
 すぐさまわたしはそれを、わたしだけの宝物にすることに決めた。少し重いけれど、この石の魅力に比べればなんてこと無いと、両手で握りしめたのだ。

 素敵な拾いものをした、と気持ちが舞い上がったのを覚えている。

 そう、カナズミの、道ばたの石を拾ってしまったから。うっかり、わたしと彼の人生は交差してしまったのだ。






 ジムではなく、トレーナーズスクールの校舎に彼女の姿はあった。ガラス越しの、しっかり結い上げられたうなじ。後輩たちから囲まれ、質問を受けているらしく、真剣なあまりの厳しくも見える表情で何かをしゃべっている。
 そういうところ、変わってないな……。ぼんやりと眺めていると、ようやく子供たちは満足したらしい。彼女を囲んでいた集団は教室からいなくなり、彼女ひとりが残された。
 誰もいなくなった教室で、ひとつ息をついて憂う横顔は、まさに美少女だった。

 その表情を崩してしまうのはもったいないなと思いつつ、コツコツと窓枠をノックする。唇が、音もなく「どなた?」とかたどる。
 わたしは少し心臓を早くしながら、向こうがこちらに気づくのを待った。

 窓が開かれ、ツツジがわたしを見下ろす。


「あなた……」


 驚きのあまり、ツツジの表情から力が抜けている。


「久しぶり、ツツジ。わたしのこと、覚えてる?」
「覚えてるに、決まっているわ。ね、?」
「えへへ、嬉しいな。ツツジ、元気そうで良かった」
「あなたも」


 わたしが照れ笑いとすると、ツツジも笑む。ああ、久しぶりに見たな。ツツジがこうやって親しげに笑う顔。


「いつ、帰ってきたの?」
「数日前に。つい最近までカロス地方にいたんだけど、なんとなく帰ってきたの」
「そうなの」
「うん少し前に船でカイナについて、とりあえず家に帰ろうと思っているんだけど、ここ通りがかったからツツジに会っていこうと思って」
「………」
「とにかく、顔見られて良かっ……、ツツジ?」


 いつの間にか、窓枠の中のツツジが両手を胸の前で組んでいる。こちらからは足元は見えないけれど、仁王立ちしている気がする。黙りこくったその顔は、わたしを冷たく見下ろしていた。


「えっと、ツツジ?」
「あなたのその態度、気に入らないわ」
「え?」


 これは、完全に。ツツジがいつの間にか、怒っている。さっきまで驚いたが故に子供っぽい表情でわたしを見ていたのに、何がいけなかったのかさっぱり分からない。
 どうしようと焦ってかいた冷や汗が、どっと溢れた。だって、怒っていたはずのツツジの目が潤んでいるから。
 わたしの目が間違いを起こしていなければ、ツツジが涙目になっている。


「わたくし、ずっと待っていたのに」


 彼女の涙こそは落ちなかったけれど、彼女の歪んだ顔が、発せられた言葉はわたしには衝撃が強すぎた。
 大きな岩で、ガツン、と頭を殴られたみたいだった。

 だって、「待っていた」。その切ない響きは、わたしなんかに差し向けられるような言葉じゃない。