大きな岩で、ガツン、と頭を殴られたみたいだった。「待っていた」なんて言葉を予想さえしていなかったのだ。
ツツジが、わたしを待っている。そんなことを今までの旅の途中、考えたことがあっただろうか。いや、無い。ツツジはツツジで自分の道を極めるために前を向いている。変わらずに、努力を重ねて、わたしのことは「そんなヤツもいた」程度の小さな存在だろう。
だから時々思い出してくれたら嬉しいとは思っていた。
わたしのそんな軽率な気持ちに比べると、ツツジの「待っていた」はあまりに強く真剣味を帯びている。
「待ってた? ツツジが、わたしのことを……?」
「そうよ。待っていたのよ」
「じゃあ、わたしは……」
その言葉が本当なら、その気持ちを知ることもなく、数年間連絡もほとんどしなかったわたしは。
「ツツジに時々、寂しい思い、させてたのかな……」
「時々じゃないわ」
「………」
「トレーナーとしても信頼しているあなたのことだから心配はしていなかったけれど、それでもずっと言葉を交わせないのは寂しかった。
わたくしとは学友以上の絆があると思っていたけれど、思ったより小さな存在だったのかと何度も考えましたわ」
「っごめんなさ、いたっ!」
後悔の念がどんどん膨らんで足下からのどもとまでを飲み込もうとしている。とにかく、謝らなきゃと頭を下げたら、目の前の壁に頭をぶつけてしまった。
そうだ、わたしとツツジはトレーナーズスクールの窓内と外で話し合っていたのだった。
「ご、ごめん……」
「大丈夫なの?」
「だいじょぶ、だいじょぶ……」
おでこに走る痛みに思わず涙目になるけれど、額の傷くらいで泣いている場合じゃない。
ツツジは心配そうな目でわたしを見てくる。まだ、わたしに心底愛想をつかしたわけでは無いらしい。気を引き締めて言葉を選ぶ。
「その、わたし、ツツジのことどうでも良かったわけじゃないの! ツツジならきっとわたしがどこにいようが、どこで何していようが関係無く、自分の道を進むと信じ込んでいたんだ」
「………」
「でね、それは今も間違ってないと思うんだ。でもツツジはわたしが思っていた以上にわたしのこと、ちゃんと考えていてくれたんだね。そこだけは間違えてた。ごめん!」
今度は頭をぶつけない程度の角度で頭を下げる。
「……あなたが帰ってきた時のこと、わたくし色々考えていたの。怒ってやろうか、笑顔で迎えようか、バトルでこてんぱんにしようとも思ったのよ。
でも待っていた時、一番考えたのは、と話したいってことだった。あなたと話したいことがたくさんあるのよ」
「じゃあ……!」
そういうことならば。どこで話すのが良いだろう。意気揚々とカバンを抱え直すも、ツツジは微動だにせず、窓枠の中からこちらを見下ろしている。
「本来ならそうすべきよ、ってわがままを言いたいのだけど。——でも、あなたを見る限り、そんな悠長なことをしている場合じゃなさそうね」
「え?」
「わたくし以外も連絡もしないで、待たせてる人がいそうよ。それも何人もいるんじゃない?」
ツツジ以外に、わたしを待ってくれている人。それを自分から決めるのは少し怖いことだ。
他人の中にある自分の価値なんて決められない。あの人はわたしを待っているはずだ、なんて思って、それが自意識過剰だったらどうしたら良いんだろう。
でも、幼い頃から知り合っていたツツジの好意でさえ、わたしは見誤っていたいたのだから。どこかで好意を量り間違えている人だってまだいる、かもしれない。
「いる、……かな?」
「いるわ。だから今日はもういい。一週間以内にまた会いに来て。わたくし、あなたの旅のお話が聞きたいの」
一週間以内。その長めに指定された期間が、なんともツツジらしいな、と思った。人から頼られ、人から憧れのまなざしを向けられ続けたツツジにとって、自分の要求そのままを求めるのは難しいことなのだ。
「うん、分かった」
そのツツジの不器用さが数年ぶりでも手に取るように分かってしまって、ああやっぱりわたし達は友達だと思った。
だからわたしはこう、付け加える。
「また会いに来るよ。三日以内に」
誰かの心の中にあるわたしの存在価値なんて、わたしに決められるはずがない。そして気持ちの量を正確に知る術なんて無いに等しい。
だから、これは希望のお話。
会いたい人たちが、わたしを待っていてくれたら。それに気づけなかった自分が少し申し訳ない。けれど、もし待っていてくれるのだとしたらそれはなんて嬉しく、こそばゆいことだろう。