ただいマルノーム、12



 誰かを見下したり、バカにしたいわけじゃない。それでも、いくつもの地方を旅した今のわたしにとって、トウカの森周辺は「かわいい」と形容できるトレーナーたちで溢れている。使っているポケモン、わざの選び方、レベル。どれをとっても「かわいい」と感じてしまう。

 以前のわたしはここで、何度もバトルをして特訓をしたりした。だけど今は戻れない、と思う。このレベルにバトルのやりがいを得ていたあの頃には、戻れない。
 自分の成長が今はもの悲しい。

 少々、高慢ともとれる心境でトウカの森を抜けると、記憶と重なる顔がそこにあった。
 相手も、わたしのことを覚えていてくれたらしい。驚いた様子とともに、笑みを浮かべる。


「懐かしい顔じゃないか」


 きざったらしく流された髪と、しわひとつないスーツ。彼の周りに大切にされてきたという自負が彼自身にきらめきを添えている。
 おぼっちゃまの、ミツグ。わたしは何度この人にお世話になっただろう。……その、いろんな意味で。


「久しぶり! 覚えていてくれたんだ。相変わらずここにいるんだね」
「ああ、ずっとここにいたよ。だけど、君。何回もバトル歓迎のサインを出したのにどうして来てくれなかったんだ?」
「あー……。それは、すぐにここに来られる状況じゃなくて。その、ホウエンにいなかったから」


 事実を伝えると、ミツグは何か言いたげな顔をした。少し迷ったようだが結局何も言わないで一度、水辺の方を見つめる。


「……まあ、いい。久しぶりに手合わせを願えるかな」
「えっ」
「何か問題があるのかい」
「なんというか……、負ける気がしなくて」


 正直わたしは、ミツグに勝ち目はないと思ってしまった。
 見下したり、バカにしたいわけじゃない。だけどわたしには、いくつもの地方を渡り、強敵たちと戦ってきたという自信があった。自分の腕前でミツグとバトルすることは、ミツグをいじめるようなかたちになってしまいそうだ。ミツグには失礼になってしまうけれど、そう考えてしまったのだ。


「君の言うとおり、ボクは出会ってから一度も勝てていないが、それでもボクは勝ちたくて勉強した。マッスグマも鍛えたんだ。それにおかしな話なんだが、勝てないのが、楽しいんだ」


 照れくさそうにミツグはそう言った。


「ボクは勉強の成果をにぶつけたい。それにがどれだけ強くなったのかが、見たい」
「ミツグ……」
「真剣勝負、してくれるのだろう?」
「それは、もちろん」

 ニヤッと笑ってしまう。ミツグの前に立っているわたしは、ミツグにとって一度も勝てたことのない相手だ。苦手意識がある、どころの話じゃないだろう。それでもミツグは自信満々な笑みを浮かべて、ボールを握る。
 わたしだって。負ける気はしない。もちろん油断も手抜きもしないつもりだ。

 澄ました顔して、あきらめが悪い。そんなミツグが変わっていなくて、心の底から良かった、と思っているわたしがいた。





 バトルの後、多すぎる賞金を受け取りながら思い切ってミツグに聞いてみた。


「どうしてマッスグマにきんのたまを持たせるの? もっと、バトルのことを考えたら他の選択肢があると思うんだけど……」
「ばかだな、君は」


 それを聞くのはナンセンスだよ。そう言って、わたしの、ほぼ無傷のポケモンに、まんたんのくすりをいくつも使おうとする。回復するつもりなのだ。負けたくせに。

 いくらミツグがお金持ちだとしても、高いまんたんのくすりをいくつも使ってくれるのはなんだか気が引ける。


「今度一緒にバトルの勉強でもする?」


 お返しになるかは分からない。けれど、負けるのも楽しいとまで言った熱心なミツグの力になれるのではないかと思ったのだ。

 反応は、とても意外なものだった。わたしは、ミツグなら女の子に慣れていると思ったのだ。なんだか遊んでいそうな雰囲気もある。だからミツグが、耳まで真っ赤にするだなんて思わなかった。

 わたしが今まで見たことの無かった、顔中を赤くしたミツグは、それからゆっくりと一回だけ、うなずいた。