ただいマルノーム、14



 少し堅くて重いけれど、素敵な物を手に入れたと思った。色は地味だけど、表面に夜空を飼ったかのような石。どうしてカナズミシティの中にそんな異質な物があたかなんて考えもせずに、わたしはそれを大事にカバンにしまった。

 その日のトレーナーズスクールも無事に終えて、友達はそれぞれの家に帰って行った。わたしは父親がミシロから迎えに来るのを待っているところだった。
 増えた宝物のぶん幾分か重くなったカバンをしっかりと抱えて、茜色に沈んでいく南の空を見ているうちに、わたしはとある男の子に気がついた。真っ赤な空とは正反対の寒い日の透き通った空のような髪の色をした男の子だ。わたしよりは少し背が高くて、きっと年齢も少しだけお兄さん。
 その男の子が気になってしまったのは、その子がトレーナーズスクールの前を行ったり来たりしていたからだ。それも何回も。
 元々はまっすぐなんだろうなと思わせる体の線を地面へ曲げて、その男の子はずっと地面を見て歩いた。何かを探しているんだってことには、すぐに気がついた。

 何を探しているんだろう。男の子の様子が不思議で、見つめているとパチリと目があった。目と
目が合うだけなのに、体がびくりとするくらいに痛かった。その感覚は静電気みたいだった。
 わたしは口をぎゅっと結んで、もう一度空を見た。お父さん、まだかな。

 男の子はわたしがそっぽを向いてもまだ、何度も道を行ったり来たりしていた。けれど探し物は見つからないらしい。不意にわたしと同じように空を見て、立ち止まってしまった。
 遠くを見るために、まっすぐに戻った背中。その背筋はなんだか真ん中に一発のパンチで、雨細工みたいにぱきんと折れてしまいそうな、頼りない細さに見えた。

 わたしはそうっと、男の子に近づいて見た。横から顔を見上げると、髪の色と同じ、透き通った冷たい色の瞳が見えた。


「何を探してるの?」


 わたしは意識して、明るい声でその子に声をかけた。水色の瞳に悲しみが重なっていると、彼の落ち込みはとても深刻に思えたからだ。


「わたしね、今お父さんを待ってるの。でも全然来ないんだ。だからお父さんがくるまで一緒に探してあげるよ。何を探してるの?」
「……いいよ。大丈夫。ずっと探したけどやっぱりないから、君が一緒でもきっとみつからないよ」
「そっかぁ。まぁ何度も、行ったり来たりしてたもんね」
「うん……」
「………」
「………」
「でも、どんなもの探してるのか教えてよ。わたし、これからミシロへ帰るの。お父さんのオオスバメに乗って。そしたらトウカの森も、トウカも通るし。オオスバメの背中から、探すから」
「見つからないよ」
「どうして? 見つかるかもしれないじゃない」


 彼が決めつけたように言うので、わたしはちょっとムッとして言い返した。


「見つからなくてそんなに落ち込むなら、もうちょっと頑張ればいいのに。頑張るのに疲れたなら、わたしが探すって言ってるんだから、探させれば良いのに!」


 かっと体が熱くなって、頭はもやもやとしていた。どうしてこんな会ったばかりの男の子、しかも年上の男の子に、本気で怒らなくちゃいけないんだろう。
 自分が正しいことをしてる。そんな感じは全くしない。なのにわたしは引き下がれなかった。


「……僕が探してるのは石なんだよ。空から石は見つけられないよ」
「石? 石を探してるの? それって、ポケモンの石?」
「ううん。ただの石。ポケモンは進化しないよ」
「ふうん……」


 持っててもポケモンが進化しない。そんなのは本当にただの石だ。しゃべらないし、冷たいし、笑ったり泣いたりしない。でも、この人が探しているのはそういうただの石みたいだった。
 思わずわたしはつぶやいていた。


「変なの」
「あはは……。でも好きなんだ、石が」
「ねぇ、ほんとにそんなただの石を探してたの?」
「僕にとってはお気に入りの石だよ。父さんの友達がくれた、遠い地方の石なんだ」


 じきに、彼はその石の特徴についてしゃべり始めた。今までは落ち着いて、疲れのせいか冷たい反応ばかりだったのに、石の話が始めると頬に花が咲いたみたいに赤くした。


「これくらいの石なんだけど、でもけっこうズシッとしてて、すごく不思議なんだ。たぶん、混ざりものなんだよ」


 声が弾んで、言葉も大ざっぱになっていくのがおかしい。


「ふうん、どんな色?」
「地味な色だよ」


 ざわ、と耳の後ろで鳴った。


「へぇー……」
「でもよく見ると、きらきらしているんだ。表面が、夜空みたいなんだよ」
「………」


 今度はざわ、なんてものじゃなかった。プリントをぐちゃぐちゃに丸めた時のような音だなと思いながらわたしはさぁっと体が冷えていくのを感じていた。
 この子が何度も何度も探したもの。それは今、わたしの肩にずっしりとぶら下がっているカバンの中にあるやつでは無いだろうか。


「………」
「どうしたの?」
「――っごめんなさい!」


 わたしは勢いよくカバンに手をつっこむと、手のひらに余るそれをしっかりと握る。握って、彼の前に突き出した。


「わっ」


 わたしの手のひらから石は飛び出て、彼の手と胸の間に落ちた。驚いた彼の胸の上でも白い指の隙間でも、やっぱりその石は綺麗で、離したくない、もっと見ていたいと思う。それでも、これは元々彼の持ち物なんだ。
 彼が丸い目でわたしを見てくるのが我慢できなかった。知らない間に奪っていた自分が恥ずかしかった。わたしはもう一度「ごめん」と謝罪の言葉を口にしてから、

 道ばたにこんな綺麗なものがあったのは、彼が落としていったからなんだ。そんなこと思いもしなかったわたしの、ばか。思い出しては、全身恥ずかしさで赤くした。
 カナズミの出口でお父さんに拾われたわたしは、全力疾走で息を切らして、自分の過ちに身悶えて、奇妙な有様で家に帰ったのだった。





 ぱちり、と目が覚めると天井がある。わたしの部屋の天井だ。ずっと見ることがなかったのに、ちゃんと懐かしいと感じるのが不思議でならなかった。

 昔馴れたベッドの感触に、体がふわふわしている。帰ってきたのだ。ミシロタウンの古くさい我が家に。