よく寝たはずなのに体はだるい。なんとなく動き出すきっかけがつかめなくてわたしは、体をぴくりとも動かさないでまた目を閉じる。
深く息を吐く。あの記憶にはちゃんと続きがあるのだ。
記憶を探りながらふと、違和感を覚える。
あれ。わたしは、夢の続きが見たいのか? あの次の日に再会したダイゴのこと、忘れてなんかいやしないのに?
「っ!!」
疑問のために頭が覚醒したのと、足の裏に走るくすぐったさで体が起きたのは、全く同時だった。
足下をみるとヤミラミが、ギザ歯を見せて笑っている。どうやらわたしの足をくすぐるイタズラの最中だったらしい。
「もー……、何なの?」
けだるい体のままヤミラミにのしかかったりするんだから、わたしはまだまだ寝ぼけていた。
「おりゃっ、のじゃれつく! フェアリータイプのわざ、ヤミラミにはこうかはばつぐんだー……って、どこ行くの?」
せっかくヤミラミにうざ絡みしようとしたのに、ひょいと避けられ階段を降りていってしまった。なんだったんだろう、あいつは。
一緒に寝ていたグラエナがぱたん、と尻尾を振る。
「……起きるか」
階段を降りるとテレビを見る母親がいた。
「あら、おはよう」
「おはようー……」
せっかく娘が帰ったというのに、母親の反応は結構ふつうに見える。泣いて喜んだり、連絡が少なかったことに怒ることも無かった。
こんなものなのかな。正直拍子抜けだ。いや、元気そうなのは何よりだったけれど。
「今日の予定は?」
「特になし」
「それって家にいるってこと?」
「決まってないー」
「そう……」
なんとなく帰ってきた。まだ、次の行き先が決まらない。やりたいことも見つからない。
とりあえず実家に帰る。その目標を達成してしまった今、わたしは目的を失っていた。
「あ」
そういえば、家に帰ったらやることがあったんだった。
わたしは昨夜、引き出しからポケナビを取り出した。何年も放置していたせいか充電が切れていたので、一晩充電しておいたのだ。
二階に戻って、電源ボタンを押すとちゃんと画面がついた。
なつかしのポケナビ! 正直感動ものだ。丸いフォルムは数年経った今ではなんだか野暮ったく見えるものの、しっとりと手になじむ。
懐かしさに身を任せて、いろいろ中身を見る。
「あ、やば」
間違えてエントリーコールをオンにしてしまった。すぐにオフにする。今のところ、わざわざバトルするつもりは無い。
「ちゃん」
階段の下から母親の声がする。
「何ー?」
「予定無いんだったら、これ、オダマキさんのところに届けてくれない? 挨拶も兼ねて。きっとに会いたがってるはずよ」
「ユウキくんには一応会ったけどね」
「そうなの?」
「うん、カイナでばったり」
「ユウキくん、かっこよくなったわよね」
「うん。……うん?」
「まぁユウキくんには会ったもしれないけど、オダマキ博士はまだでしょう? 挨拶してきなさい、散々お世話になったんだから」
ずい、とお菓子の入った箱を手渡され家を追い出される。
バタンと背後で閉められた家のドア。久しぶりに帰った実家って、こんなものなのかな。正直拍子抜けだ。
わたしは道の右と左を見る。すぐ近所のオダマキさんちに行くか。でもオダマキ博士に挨拶したいのなら、家ではなくオダマキ研究所だ。
さてどちらにするか。
ふと考えたところで気がついた。
オダマキ博士に会いたいなら、行くべきは研究所じゃない。わたしはぐるりと方向転換して、ミシロタウンの唯一の出口へ向かう。
「うわーーーーーっ」
不意に聞こえてきた野太い叫び声。オダマキ博士発見である。
ものすごい既視感がわたしを襲う。数年ぶりに再会したオダマキ博士も大事なカバンをほっぽりだして、ポチエナに追いかけられていた。
「大丈夫ですかー?」
「わーっ! そこの君、助けてくれ!」
博士は目の前の威嚇するポチエナに動けなくなっているらしい。わたしに気づかない。
「カバンにモンスターボールが入ってるんだ! それを投げて……」
「博士。わたしはわたしのボールを投げますね、っと」
「……え?」
空に放ったボール。出てきたのはグラエナだ。ポチエナの進化系に加えて、散々鍛えたグラエナが牙を根本から見せつけ威嚇をしかける。ポチエナは力の差を感じ取ったのか何もせず早足で逃げていった。
「博士、お久しぶりです」
「え、ちゃん……?」
「はい」
白衣に半ズボン。草むらの中、尻餅をついている優しいリングマみたいな人。この人が、我らがホウエン地方を代表するポケモン博士・オダマキ博士だ。