数式が当てはまりそうに整った顔を傾ける。わたしの視線を意識したその角度から、ミクリの自己評価が溢れるようだ。
「……なんかつるぴかになったね」
「どういう意味かな?」
「数年ぶりのミクリの感想だよ」
「そうか。私のこの輝きを、ひらがな4文字というとても親しみやすい形で表現してくれてありがとう」
「あと開放的な作りに……」
「私は建築物か何かかな?」
人を褒めるにはあまり使われない形容詞をあてがわれても、ミクリは怒った様子もなく、服をはためかせてみせた。まるで何かの期待に完璧に応えたかのように、満ち足りた表情だ。
つんつんと肩をたたかれ振り返ると、母が頬を赤くしてミクリに見入っている。耳元で「にもこんな素敵なお友達がいたのね」と囁いてきたので、「ポケモントレーナーって変わった人多いから」と返しておいた。
ミシロに出没していたらしいダイゴより、ミクリの方がお母さんのタイプだったみたいだ。……お父さんはミクリとは正反対の存在に見えるけれど良いんだろうか。
わたしの背後で女の子の顔して頬を染めるお母さんと、わたしを指先で捕まえたままのミクリ。引っ張られた時はひじあたりにあった、それこそシビシラスのような指先はつつ、と滑り、今はわたしの手を掬いあげている。
このどちらかを切るとしたら、やっぱり……ミクリだ。
さっきミクリはわたしに「見つけた」と言った。久しぶり、驚いた、そんな風でなくわたしを目指していたからこその言葉だ。それだけでもう、いやな予感がする。
「ミクリ。あなたに久しぶりに会えて良かった元気そうで何より。だけど残念なことにわたしたち、これから帰るところなんだ」
「帰る? どこへ?」
「家だよ。ミシロタウン。だから……離してくれない?」
「ああ、君というやつは……」
元からミクリは大げさなところがある人だった。特に、感極まった時は、ミクリでしか似合わないと思わせるような仕草をする。ミクリが眉をしかめ、手を顔の前にやる。悲痛そうな表情を隠す、けれど全ては隠さない。覗きたくなるような隙間を残し、彼は苦悶する。
「私はを追い求めて、ようやくここで会えたのに、“離してくれ”か……。会えない時間で、私は君になにか重大な誤解を与えてしまったのかもしれない」
「そ、そういう意味じゃ……!」
「悲しいが起きてしまったことは仕方がない。それならば今すぐ、誤解を解く時間を私にくれないか? それとも、弁解を聞くのも耐えられない?」
「違うんだってば! でも、お母さんのこと、家に返さないといけないから……」
いけない。このミクリ、分かってて話をこじらせようとして来ている。シーンに合わせた切なげな目線は、ミクリのような美形がやると妙に真に迫って見える。
この流れはやばい。心配はすぐに現実になる。背後で母が「お母さんは平気よ。ひとりで帰るわ」なんて言い出して、わたしは握られているわけでも無いミクリの手から逃れるのを諦めた。
まだまだ明るい西の空、ミクリにぽーっと見入ったままの母が、フライゴンの上から手を振っている。
ミクリは離す気が無いのだから、お母さんの方をどうにかするしかないので、フライゴンに任せることにした。たまにドジを踏むけど、あの子なら大丈夫だろう。……たぶん。
「良いのかい?」
「何のこと?」
「……君のフライゴンをお母様を無事に届けて戻ってくるまで、ゆっくり話が出来るね」
「あ」
確かにわたしもフライゴンがいなければミナモから家へ、簡単には帰れない、ミクリからも逃れられない。一応なみのりの出来るポケモンは手持ちにいるけれど、相手はみずタイプの使い手ミクリだ。彼に海の上で勝てる気がしない。
「無理にお母様を帰すことも無かったんじゃないかと思うのだけど」
「……これからする話、あんまり聞かれたくないの」
関係が変わらないままなら、わたしとミクリとは健全な友人であったはずだ。幾度と戦ったトレーナーとして、人間として、お互いを認め合っていた。けれど干渉の多い間柄では無かった。
そのミクリが、わたしを「見つけた」なんて言った。
直にその唇から、あの男の名前が聞かれる。絶対に。
思わず、はぁ、と大きくため息を吐いてしまう。
「そんなを顔は似合わないよ」
「全部全部、ミクリが友達想いだからだよ」
肩をごく軽く、すくめてミクリは言った。
「それはすまなかった」
彼の、今のような仕草を人はこう呼ぶ。白々しい、と。