ただいマルノーム、19



 今までも、わたしとダイゴの両方を知る人から、ヤツの存在は示唆されていた。
 顔を見て、ワンテンポ置くと必ず彼の話をされたことは心外だった。だってわたし自身は、ホウエンに帰ってきてもわたしから関わろうとしなければ、ダイゴとは関係のないところでやっていけるんじゃないかと思っていた。ホウエンは広いのだし、ここ数年、会わずに過ごした。
 過去に関わったダイゴのことはもう消せないからそれはそのままで、新しいダイゴなんて知らないで、別々の道を歩いていける。

 だけどお母さんからダイゴの目撃情報を聞いてしまい、ミクリには捕まった今は、当初の余裕はどこかへ行ってしまった。
 どうして彼と関わらずに生きていけないのだろう。
 ホウエンは、広いのに。


「ところで、どこでわたしのこと聞いたの?」
「聞いた?」
「だって、わたしが帰ってきたことはまだごく数人しか知らないはずなのに……」
「君自身が、一瞬だけど、エントリーコールのスイッチを入れたじゃないか」
「え、あれで……!?」


 確かに今朝、久しぶりに手にしたポケナビをいじくりまわした時、間違ってエントリーコールをオンにした。その後すぐに取り消したのに。
 参った。ちょっとした操作ミスで、ミクリに気づかれるなんて。


「偶然、私もポケナビを見ていてね。君の名を見つめていたんだ。何年も曇ったままだったのに、突然光るから目を疑った」
「そのまま気のせいって思っておけば良かったのに」
「どうしてだろう。そんな気はしなかったんだ」
「ミクリは変なところで勘が良いもんね」
「私は磨かれたセンスの持ち主だからね」
「うんうん、そうですね」


 わたしが笑い混じりに適当な返事をする。ふとその後、会話は途切れてしまった。
 あれ、何か変なことを言っただろうか。


「美しくなったね、君は」
「……は、はい!?」
「私がジェラシーを覚えるほどに」


 美しいという言葉の選びがもうまさにミクリだ。言い慣れない響きにかぁっと身体が熱くなる。


「別に。何もしてないよ……」
「長い旅は君自身の魅力にも、大きな影響を与えたらしい」
「確かに旅はいろいろわたしに与えてくれた。けど……別に、その、うっ美しくなる要因なんて、無かったと思うけど……」
「………」
「もう! あんまり見ないでよ!」


 ミクリが何も言わないのが、わたしの羞恥を加速させた。彼の視線を散らすように手を振るも、ミクリはひどく楽しそうに唇の間から笑いをこぼす。


「何笑ってるの」
「君に会ったダイゴの反応が楽しみだよ」
「そのことだけど……。わたし、しばらくダイゴに会いにいったりするつもり無いからっ」
「また、どうしてだい」
「別に何か約束をしたわけじゃないし、わたしもダイゴも、そんな」
「チャンスくらい与えてあげればいいだろう」
「チャンスも何も……。会いに行く理由が無いよ」


 理由なんて。ミクリがふっ、と息を吐く。ささいなほこりを払うような息づかいだとわたしは思った。


「ダイゴが君に会いたがっていることは分かっているんじゃないのか? それだけで会いに行く理由が」
「……、わかんない……」


“では また いつか あおう!”。ダイゴが残した言葉が残響している。
 お母さんからダイゴのことを聞いても、ミクリから実際に「会いたがっている」なんて聞かれても、実際のダイゴのことがわたしには想像できなかった。

 何度もミシロまで来るくらい、わたしの影を求めるダイゴ? そんな生き物、わたしは知らない。


「ああ、だから嫉妬するんだね。私はのように危うくなれない。なぜなら私はパーフェクトに美しいから!」
「はいはい……」
「しかし。私は悠長に君たちを待つつもりは無いよ。ただ選ばせてあげよう」
「どういうこと?」
「私からダイゴに言うか、君からダイゴに会いに行くか。どちらが良い?」


 ミクリはやると言ったらやる人だ。わたしが答えを出さなかったらきっと、すぐさまダイゴに告げるのだろう。今わたしはホウエンにいる、と。

 わたしの心はまだ疑い半分だ。
 例えダイゴがわたしの帰りを知ったとして、彼の何が変わるのだろう。わたしの知っていたダイゴなら「ふーん、そうなんだ」と言ったきり、また頭の中を石とポケモンのことで埋め尽くしてしまいそうだ。
 だけどミクリは、わたしの逃げる思考に釘をさすように言った。


「ダイゴが君のことを知れば、きっとすぐに探し出して会いにいくよ。必ず」
「………」
「ホウエン中探し回って、ミシロにも訪れるだろう」


 そんなのはごめんだ。心の準備なく向こうからこられたら、わたしは自分自身がどうなるか分からない。
 だから、答えは決まっていた。


「分かった、行く、行くよ。わたし、トクサネに行くから」


 ミクリに見つかった時から、こんな風になる気がしてた。逃がさずに選択させられる、と。

 困りきったわたしの赤い顔を、ミクリはしげしげと見つめている。手でその視線をさえぎりながら、かろうじて訴えかける。


「なんでそんなに見るの」
「おもしろいのさ」
「どこがよ……」


 またミクリは、肩をすくめ軽く、水の精霊のように涙袋をすずやかに膨らませる。けれどおそらく嫉妬を込めて、言った。


「手に入らないものだからさ」