ただいマルノーム、20



「トクサネにはいつ行くんだい?」
「フライゴンが帰ってきたら、すぐ行くよ」
「そんなにすぐ?」


 ミクリが意外そうな顔をする。確かに、帰って来てから今までわたしはダイゴを避ける気でいた。そういう態度を貫いていたのだから、急な手のひら返しにミクリが目を丸くするのも無理はない。
 でも、事情は変わったのだ。


「行かなかったらダイゴに告げ口するんでしょ?」
「告げ口という言い方は穏やかでないね。私が青い鳥となって知らせてあげるのさ」
「同じことじゃないの……」


 青い鳥となって、の部分でミクリが自分の顔に手を添えポーズをとったのでわたしはパラパラと拍手を送る。何年も離れていたのにすぐにこういう対応が出来るのは、わたしと彼の仲だからだ。やっぱり何年経っても、ミクリはわたしの友人だな、と実感がわく。ミクリがわたしをどう思っているかは知れないけれど。


「正直、気乗りはしない」


 トクサネに行って、ダイゴに会うなんて。
 まず、どんな顔をしたら良いのか分からない。何を言ったら良いのかも分からない。
 それにあの涼しげな顔で「君は誰だい」とか「どうして来たんだい」と言われたら。

 何度もミシロの家に来ているという母の言葉が本当なら、その可能性は無いはず。そう分かっていても、悪い想像はわたしの周りを囲んで、不安の逃げ道を隠してしまう。


「けど……行くよ、トクサネに。もう行くって決めたから」


 その返事にこもった、自分を奮いたてるニュアンスにミクリも気づいたのだろう。静かな声で「そうか」と相づちをくれた。


「じゃあ君のフライゴンがとんぼがえりするまでの時間、コンテストはどうかな?」
「コンテスト? わたしが?」
「ホウエンルールのコンテストは久しぶりだろう?」
「まあ、確かに……」


 ミクリの言うとおりだった。いろんな地方を巡り、その場所ごとにポケモンとバトル以外の方法で絆や実力を見せつける競技があった。
 けれどホウエンのコンテストはホウエン地方独自のものらしく、同じものにはついに出会えなかった。


「君のフライゴンも見たところ、毛づやはしっかりと保っているようだしね。君のことだから他のポケモンも、しっかりと見ているに違いない」
「まあね」


 他の地方ではなかなか触れることの無かったコンテスト。
 横で不適にほほえむミクリに、わたしの中で火が点るのを感じた。


「……よし、やりますかコンテスト!」
「その言葉を待っていた!」


 ミナモの空にこぶしを高く掲げたわたしはなんて浅はかだったんだろう。ここ数年でホウエンのコンテストも変わったということを、何にも知らないのだった。







 自分のポケモンの技をチェックし、ポケナビでコンディションを確認。数年前のことだけれど、当時は十八番だった技のコンボを確認し、エントリーを済ませる。わたしはやる気十分だった。
 そこまでは良かった、そこまでは。


ナマエ、こっちだ」


 ミクリに肩から押され、案内されたのはきらびやかなパウダールームだった。
 いくつも並べられた鏡は無数の白熱灯の明かりに周りを囲まれ、熱を感じるほどだ。その前にはふわふわとしたブラシ、色とりどりのパレットなど、メイク道具一式が揃っている。白い壁を彩るのは、ハンガーにかけられた衣装。舞台で存在感を放つためのデザインが光を受けて、その一着一着がきらめいていた。


「へぇー! こんな部屋ができたんだ!」


 わたしが参加していた当時のコンテストだと、エントリーを済ませるとすぐ、ポケモンと一緒に舞台袖の控え室に通された。そこで少し待たされるのだが、緊張しているとその待ち時間は一瞬に感じられる。コンテストはあっと言う間に始まり、舞台に上げられていた。体感としては準備時間なんて無いに等しいものだった。

 けれどそれも昔。今は、こうして隅々をチェックできるよう専用の部屋が出来たのだ。なるほど、進化している。
 

「すごい! けど、わたしに出来るかな。ポケモンにメイクなんて……」


 野宿とポケモンセンター通いが普通の旅を続けていたわたしには、この部屋にあるすべてに馴染みが無かった。もちろんポケモンが汚れた時は洗ってあげたり、手入れを手伝ってあげたりした。だけどメイクアップするというのはそれよりもワンステージ上の出来事だ。

 すべてを映そうする大きな鏡に少し、たじろいでしまう。
 奇妙にそわそわしてしまうわたしに、ミクリは眉を潜めた。


「ポケモン? ポケモンも大事だけれど、ここでメイクアップをするのは君さ」
「………、……は?」


 ぽかんと口を開けて、それ以上の反応が出来ないわたしを理解させようと、ミクリは言葉を繰り返した。


「君さ!」