ただいマルノーム、21



 君って、わたし? 自分で自分を指さすと、ミクリは大きく頷いた。


「え、わたしは良いよ」
「そういうわけには行かない」
「まさか強制なの」
「強制では無いが必須だ」
「違いが分からない」
「ポケモンが輝かしい舞台で登るのだから、もそれにふさわしい格好をし、自分の魅力を引き出すべきだ。トレーナーとポケモン、互いが最高のパートナーであると認めてもらうための手段として、これはもう、皆の間では普通のことさ」
「………」
「このドレスなんかどうだい、君のイメージカラーからするとぴったりだ。少し丈が短いがいける」
「ありがとうミクリ棄権してくる」
「待った待った」


 片方でドレスを掲げ、もう片方のミクリの手は予想を上まる長さと同じくすらりとした足の大きな一歩を見せつけて、わたしの手首を捕まえる。


「聞いてない!」
「言っていない」
「わたしが知ってるホウエンのコンテストと違う!」
「変わったからね」
「わたしが知ってるコンテストは、ポケモンは一生懸命の演技して、トレーナーはオーディエンスと審査員の顔色を見てウォッッシャー!! って雄叫びを上げて良い、思いっきりガッツポーズしても良い……。そんな競技じゃなかったの!?」
「だからそこが変わったのさ。って、君はガッツポーズしていたのかい」
「コンボ決まると爽快で、つい」
「つい、ねぇ……」


 呆れの視線を向けられて、わたしは顔を反らす。だって大事に育てた我がポケモンの晴れ舞台。ポケモンはまるで子供、トレーナーは親みたいな心境になって、トレーナー側であったわたしはなりふりかまっていられなかったのだ。


「皆やっていることだよ」


 そう説得しようとミクリは優しく囁く。もちろん彼が善意で誘ってくれているのは分かっている。けど、ミクリの手にある衣装を見て、やっぱり萎縮してしまう。
 わたしはずっと旅をしてきた。それは、綺麗な思い出ばかりじゃない。やっぱり旅の途中でけがをしたり、不意に転んだりして、わたしの足には小さな傷跡がたくさんある。
 そんな足や体は決して、人前にさらすべきじゃない。


「やっぱり無理」
「そう決めつけないことだ」
「心の準備が……」
「君はそればかりだな」
「恥ずかしいことは苦手なの」
「一度やってしまえば羞恥心など」


 このまま押し問答が続くと思いきや、そう言ったミクリは一度持っていたハンガーを壁に掛け直す。と、空いたミクリの手が捕まえたのはわたしの服だった。
 次の瞬間、服は下へ引っ張られて、するりと片方の肩が抜けた。白熱灯の元さらされた、自分の下着の肩ひも。ぼんっと音を立てそうなくらい爆発的に顔が熱くなった。


「ちょっと!」


 すぐに抵抗する。けれど片や恥ずかしさに死にそうになっている女。方や女なんて目じゃないくらい整った顔をしているけれど、やっぱり男。


「なんでそんなに強引なの!?」
「密かに楽しみにしていたんだ。私は何年も君に待たされたんだよ」
「こんなこと楽しみにしてどーする!」


 ミクリの顔色がそう変わっていない、むしろ真顔気味なことが恐ろしい。確かに自分が地上でもっとも美しいと信じているミクリには、わたしの体なんて芋みたいなものだろう。だけど、芋にだって心はあるのだ。
 ミクリは袖からわたしの腕を引き抜こうと二の腕に手を添える。このままじゃ本当に衣装を着せられる。精一杯からだを捩って後ろへ彼ごと引っ張れば、さすがのミクリもバランスを崩す。不安定になったところを抜け出すつもりだったけれど、そこまでうまくは行かなかった。わたしは後ろへミクリは前へと倒れ込んだ。


「あ」
「あ」


 そんな声が、ふたり同時に漏れた。それはミクリの特徴的なもみあげがわたしの頬に触れるくらいに、ふたりの顔が近づいた不意打ちへ。
 もうひとつは、この控え室のドアを開け、わたしたちの様子を赤面しつつ凝視する見知らぬ他人だった。それも複数である。
 ミクリの芸術的な首筋のライン越しに見た、好奇の目に、わたしの時は止まった。


「………」
「………」
「……失礼しました」


 違う、誤解です。事故なんです。そんな言葉は間に合わなかった。
 何も言えず、何も言われずに、パウダールームのドアはぱたりと閉められた。


「刺される……あんたのファンに、刺される……」
「私も同じようなことを考えているよ」


 確かに。「ずっとミクリ様だけを応援していたのに! ミクリ様のこと、信じていたのに……裏切るなんてひどい!」。そんな安いドラマみたいなセリフみたいにファンの子から刺されるミクリというのも、あり得ないとは言い切れない。


、その……」
「心の準備が出来たら、連絡する」
「! そうか」


 わたしの精神状態をさすがに察してくれたらしい。ミクリはそれ以上もう何も言わなかったし何もしなかった。
 まだ震える手で服を直し、涙目の視界で通り抜けたコンテスト会場のエントランス。そこのモニターにはわたしと参加予定のポケモンの顔写真。その横にはこんな文字が点滅した。

 ミシロタウン出身、。不戦敗。