ただいマルノーム、22



 コンテスト会場を飛び出して、ミナモの中心を駆け抜けて、東側の海岸に出れば、ちょうどわたしに竜の影が重なった。見上げると、太陽を背にしたフライゴンが羽をふるわせていた。
 上空でフライゴンもわたしを見つけたようだ。すぐに高度を落とし、わたしの目の前に着地した。


「早かったじゃない、ほんとにとんぼがえりしてきたんだね。お母さんをありがとう」


 そう頭から首をなでて褒める。こうされるのが大好きなフライゴンは全身を震わせて喜んだ。この子の無邪気な姿を見ていると、先ほど羞恥心で死にそうになった心も紛れるというものだ。


「さすがに疲れたでしょ。お疲れさま。さてトクサネか……。どうやって行くかな」


 今朝はわたしと母の二人を乗せて空を飛び、今は母を乗せてミシロを往復。少しは疲れてもっとゆっくり帰ってくるかと思ったのに、ひとりが寂しかったのか早く「偉い」と褒めてもらいたかったのか、フライゴンはトップスピードで帰ってきたみたいだ。
 このまま酷使するのは気が引ける。

 フライゴンは人間っぽく言葉をしゃべっているつもりらしい。ごにょごにょと口を動かしてわたしにすり寄ってくる。
 たぶん、自分に乗れと言っている。


「え? だめだよ。今元気だとしても、だめ。後でどっと疲れがくるかもしれないでしょ? ていうかなんでそんなにテンション高いの……」


 わたしの背中を押したり、と思えばひとり勝手に海に走って、自分に乗れと背中をアピールしたり。目の前のフライゴンは珍しいぐらいに興奮している。


「だめなものはだめ。むしろそのハイテンションがわたしは心配だよ……」


 疲れた体を休めてほしいのと、ひとまず落ち着いてほしいので、わたしはボールをフライゴンに投げた。
 代わりに、もうひとつボールを取り出す。わたしをトクサネに連れてってもらうため、この子の力を借りよう。
 わたしは空をにらむと、肩にいっぱいの力をこめる。この子のボールはなるべく高く、遠くへ飛ばさなくちゃいけないからだ。


「っっ出ておいで! ホエルオー!」


 ボールから飛び出した巨体は、海岸を一瞬影の中に落とし込んだ。
大きいがゆえに落ちてくるのがゆっくり見える。やがて大きな波を作りながら、わたしのホエルオーは無事に着水した。


 町中でのバトルに一苦労、バトル会場で重量オーバーになった経験こと山の如し、狭い港で波乗りしようとして、ボートを転覆させそうになった回数も数え切れない。
 とにかく規格外のポケモン、それがホエルオーだ。進化後を知っていたホエルコをゲットしていた? と聞かれたらわたしは一瞬答えに詰まってしまう。

 すぐにあたりを見回す。物珍しそうにしている人はいるものの、静かな海が広がっている。ホエルオー着水の衝撃で、被害を受けた人はどうやらいなさそうだ。
 ほっと一息つくと、ホエルオーも挨拶がわりか潮を吹き出して、頭の上に虹を作ってくれた。彼の周りをよく見ると、やせいのホエルコたちが仲間を迎えるように寄ってきていた。

 おやバカかもしれないけれど、わたしのホエルオーには自分より遙かに小さい人間やポケモンたちを慈しむ、巨大ポケモンとしての風格がある。だから、憎めない。

 彼の巨体に乗るのもなれたものだ。わたしは彼の体に飛び乗ってお願いした。


「わたしをトクサネに連れてって!」







 波を完全に乗りこなし、ホエルオーの巨体が東の島、トクサネに向かう。体が大きいため、安定感もばつぐんな背中の上で、わたしはぼんやりと考えていた。

 なぜ、フライゴンはあんなにはりきっていたのあろう。トクサネと聞いた瞬間、テンションをあげたようにも見えた。
 けれどわたしは、フライゴンがトクサネにこだわる理由が見当がつかない。何か、あっただろうか。彼なりの思い出だとか。会いたい人だとか。

 トクサネにあるものを順番に挙げて考えているうちに、ふと、思い出した。


「ああ、そういえば、紹介してたっけ。ダイゴのこと」


 まだ彼がナックラーだった時、わたしはナックーにダイゴを見せ、こう言ったのだ。



『ナックラー、この人はダイゴだよ。わたし、この人のおかげで貴方に出会えたの』