ただいマルノーム、24



 遮るものの無いホエルオーの背中の上で、無駄にじっとしすぎた。腕や首のまわりが日に焼けてしまったようで、どうもひりひりする。
 すっかり忘れていた。ホウエンの海の感覚を。特にミナモから東に行くと光は強くなり、油断すると焼けて赤くなってしまうのだ。フライゴンの羽の下にでも隠れれば良かったけれど、目的地はもう目前だ。

 日差しにじりじりと責められ、体がひりひりする。


「………」


 トクサネに着いたのに気づいてるのかい。問いかけるように、ホエルオーが潮を吹いた。

 広い背中から滑り落ち、ちゃぷんと足が着いたのは浅瀬の上だった。


「ホエルオー、ありがとう」


 大きな体の持ち主の小さな目が眠るように閉じて、それからボールの中へ戻っていった。

 ダイゴの家は崖の上にもう見えていた。ミナモからトクサネを目指せば、島の左端にあるその家はすぐに見つかる。
 ただ浅瀬は島の南側へ伸びているので、上陸するためにはそれに沿って歩くしかない。
 正直億劫だ。トクサネに来たこと自体乗り気じゃなかったし、足下に満ちる塩水で足取りがますます重い。

 それにまだ、ダイゴに会ってもどんな顔をして何を言ったら良いか分からない。
 自分が彼に会って何をしたいかも分からない。
 多分、再会したことを喜ぶべきなんだろう。それで笑顔で元気だったかと聞いて、わたしも元気にしていたと伝えるべきなんだろう。そんなすべき事なら分かっている。ただそれは決して、したいと思える事じゃない。

 その家が近づくにつれ、わたしは自分の気持ちを再確認する。
 ダイゴにもう会いたくない。

 ドアノブに伸びた手は、わたし自身の体とは切り離された感覚を持っていた。別の生き物みたいだった。ドアノブを握ることが専門分野だと言うように、自然に手をかけ手首を捻った。
 その生き物を見下ろすわたしの目は暗かっただろう。頭にはじりじりと焼けるような静けさに満ちていた。

 締め切ったダイゴの家は外の熱気とは隔離され、ひんやりと涼しかった。薄暗い冷気の閉じこもった空気だけで、わたしはダイゴの背中を思い出す。振り返ろうとする首のひねり始め、目がいっそう鋭くなるところも思い出す。
 辺りの家の建築様式に習った彼の家の間取りでは、入ればすぐに家のほとんどが見渡せた。ダイゴはいなかった。


「………」


 家に行けば会えるようなキャラじゃない事は知っていた。むしろこの場で彼と会えることの方が珍しい。“ダイゴの家”と銘打っていてもハリボテのようなものだと内心思っていた。

 けれど、なんだかんだここであの顔を見るんじゃないかと身構えていたわたしは、疲れがどっと身体を襲ってくるのを感じていた。
 ホエルオーの背中で日差しに堪えて、浅瀬の砂と塩水に足をとられ、トクサネを横切っていったわたしはさぞ怖い顔をしていたことだろう。
 思わず出た、小さなため息。何故か久しぶりに呼吸したような気がする。

 そうだよ。ダイゴは会いたいからって会えるような人じゃない。

 乾いたのどで笑って、せっかくなのでわたしは家のイスを少し借りることにした。彼のことだから帰ってくる可能性も塵みたく少ない。
 ふと腰のボールが微かに揺れた。グラエナが外に出たがっているらしい。少し迷ったけれどわたしはボールを手にとった。グラエナも涼しい空気を吸いたいだろうし。


「ここはダイゴの家だから、絶対に汚しちゃだめだからね」


 グラエナにそう言いつけた理由はここが、人様の家であること。そして、わたしがここに寄ったという痕跡を一切残さずに出ていきたいからだ。
 少し休んだらもうこの家を出るつもりだ。ダイゴを待つなんてことはしないし、何かメッセージを残すこともしない。彼がわたしに気づかないのであればそれがベストだ。

 グラエナは一回小さく唸ると、ぺたんとお腹を冷たい床につけて涼み始めた。


 体温も気持ちも冷えてきたところで、ようやくわたしは家の中を見渡した。