ただいマルノーム、25



 相変わらずだ。この家は。ほとんど物が無いくせに、なんとなくダイゴの生活する姿を浮かび上がらせる。

 何を食べているか、朝起きてからどうするか、趣味は何なのか、本を読むのか読まないのか。そんな当たり前の情報は一切伝わってこない。
 そのくせに、ふと帰って、荷物を置いて、首もとのスカーフをゆるめること無くまたふらり、出かけてしまう。そんな彼を、この空間はどことなく伝えてくる。

 帰った時、物の無さにダイゴ自身もちょっと苦笑しているんじゃないだろうかと思う。
 ここは帰るところじゃなくて、中継地点なんじゃないかとさえ思ってしまう。それがトクサネのダイゴの家だ。

 でも、少しだけ変わった部分もある。家の東側の壁から、ベッドサイドまで、ディスプレイが増えていた。中身はもちろん石だ。少し、人にも見せられる形で整理したらしい。きちんと分類され、種類と産地を律儀に解説するためのメモまで添えてある。


「ふーん、テンガン山だって」


 グラエナがぴくりと耳を動かす。わたしのつぶやきを聞いてくれているらしい。


「行ったよね、わたしたちも」


 シンオウ地方の中心にそびえるテンガン山。ところどころの洞窟を横切るしか無かったあの山を、一気に南へ下った時の気持ち良さは覚えている。
 そして彼がシンオウ地方に来ていたことはわたしも知っていた。さすが御曹司。ちゃっかり作っていた別荘ををシンオウの旅の終盤に見つけたのだ。まあ別荘自体はもぬけの殻で、大して使った形跡が無いのはさすがダイゴと思ったものだ。

 石を見て、その横のプレートを見て、隣の石に移って、プレートを見て行く。
 近場のおくりび山に始まり、テンガン山に、イワヤマトンネル、スリバチ山、電気石の洞穴。ダイゴもずいぶんと色んなところに行ったものだ。

 遠方でのみ見つけられる石だって、彼ならお金で解決して得ることができる。けれどそこは、石に対する妙な行動力を持つツワブキダイゴだ。自分の足で赴き、自らの手にしっくり来る、彼だけが惚れ込んでしまうような石を見つけたんだろう。

 本当に、彼は、ホウエンを離れたところでもその名や、彼じゃないかと思わせる情報が自然と耳につくような、嫌みな人だった。

 やれ別荘、やれ石マニア、やれどこぞの変な趣味のチャンピオン。
 急に石を渡してきただとか、その地方の鋼タイプのポケモンを求めて交換を申し込まれとか。交換に応じれば熱苦しく己のポケモンについて語られたとか。
 相変わらずの行動を聞くこともあれば、正式にチャンピオンとしてPWTに出ていたと聞くこともある。

 旅の先で微かな彼の痕跡に出会うことが、最初はおかしくて仕方なかった。遠く離れた土地にいるはずなのに、ダイゴの変わらなさが伝わってくると思わず笑えて、故郷を思い出した。まだその頃は、わたしも密やかな期待を抱いていた。

 ホウエン地方で「またか」と言うほど彼には会ったのだ。あのダイゴとどこかでひょっこりと会えないかな、なんて。
「では また いつか あおう!」その言葉を無邪気に信じていたのもある。

 世界のそこかしこで彼の痕跡に触れ、「会えないかな」と期待する時、わたしはそこでようやく自分の恋心を知ったのだった。



 足に柔らかいものが当たる。ふくらはぎに艶やかさのある毛が流れ、太股にはグラエナの湿っぽい鼻が当たった。
 下から見上げる赤い目が、わたしを案じている。


「大丈夫だよ。平気。さすがにもう、泣けないっていうか、……」


 強く、押し当てるように身体を擦り寄せるグラエナの背を撫でると、彼はくるりと首をひねりわたしの手をべろりと舐めた。べろりべろりと触れ合うそれが、慰めようとしてくれているのが分かった。


「……バカな主人でごめんね」


 ホウエンを旅だった後にダイゴへの気持ちを知ったわたしはバカだったな。彼が世界を飛び回る旅にその気持ちを苦笑い混じりで募らせたわたしは、バカだな。広い世界の中、そう会えるわけ無いのに、何度も何度も期待を抱いたわたしってバカだ。
 何年も会わない、会えない人に心乱されるのは本当にバカバカしかった。

 長い長い旅。それはポケモントレーナーとしては実りある物だった。
 だけどダイゴに関して言えば、散々だった。期待して、当然の結果に失望を繰り返して、心を揺らして、わたしは勝手にダイゴを好きでいることに疲れたのだった。そして今は会うことが怖い。

 そしてわたしの中でふと、呪いの言葉が生まれた。

 ツワブキダイゴよ、いっそいなくなれ。




 勝手に好きになって、勝手に恋に疲れた。
 逆恨みのようにダイゴがいやになってしまったわたしのバカさを表す言葉は、果たしてあるのだろうか。

 長い時間をかけてこじらせたわたしの感情を掘り起こすと、複雑な感情がない交ぜになるけれど、グラエナに伝えた言葉通り、もはや涙も出てこない。今は泣いていられる間はまだ余裕があったんだなと思える。


「……よし、行こうか」


 大きな息をひとつ吸ってから、グラエナを外へ促す。

 ダイゴには会っていないが、ミクリとの約束は果たした。ミクリにわたしは、トクサネに行くとは言った。だけど、ダイゴに会うと言ったつもりはないもの。
 なんて、そんなのただの弱虫の言い訳。