ただいマルノーム、29



「や! 久しぶり!」


 湯煙の中、アスナの声は反響して記憶の中よりも強く、はっきりしたものに聞こえた。
 驚きで声が声にならない。ぱくぱくと口をコイキングのようにさせていえば、アスナはわたしに近づき、ぱちんっ! と肩を叩かれた。


「地味に痛い……」
「えっ、大丈夫!?」


 そう言うとアスナが、焦って叩いたところを気遣い始めるので、わたしはぷっと吹き出してしまった。
 ここはフエンタウン。ツツジに連れられて、町の中に入った時から、私の目はアスナを探していた。彼女が育ち、大切にし、旅がひと段落したら必ず帰ると何度も聞かされた、彼女の故郷。それがここ、フエンタウンだからだ。


「ありがと、平気だよ。……久しぶり、アスナ」


 まさか裸にバスタオル状態での再会になるとはさすがに思わなかったけど。


「わたしたち今来たばかりなんだけど、アスナは? もう上がっちゃう?」
「ううん。あたしもこれからだよ。、一緒に入ろうよ! それにツツジ、さんも。一緒にいかがだろう、……ですか!」


 わたしの後ろに立っていたツツジにもアスナは声をかけた。
 アスナとツツジはどうやら知り合いらしい。それもそうか。ツツジは立派なジムリーダーだ。アスナが知らないはずが無い。


「って、ツツジ“さん”?」


 アスナのツツジに対する態度に引っかかりを覚える。
 ふたりの年齢はそう離れていないはず。それにアスナの方が背が高くすらっとしている。こっそり言うとツツジよりアスナの方がはるかにお姉さんらしい体つきだ。


「ツツジがジムリーダーだからそう呼んでるの?」
「それもあるけど……」


 にしてはアスナの態度がぎこちない。言い慣れていない言葉遣いも不可解だ。なぜアスナがおかしな言葉遣いをしているのか。その答えはすぐに分かった。


「ほら、ツツジさんはジムリーダーとしては先輩だから……」
「えっジムリーダー? アスナ、ジムリーダーになったの!?」


 勢いよく彼女の顔をのぞき込んで問いつめると、アスナは顔を赤くして、唇をもごもごさせ、ため息で緊張を吐き出してから、やっと答えてくれた。


「実は、そうなんだ」
「っおめでとう! 知らなかったー!」


 すごい、すごい! おじいさんの背を追いかけていたあのアスナが実力を認められ、このフエンタウンのジムリーダーになっていた。

 アスナの頑張る姿を、わたしは今も覚えている。気が強そうに見えて、ポケモンに優しく自分に厳しい姿。自分の実力に悩む姿。おじいちゃんという明確な目標にひるみそうになりながらも燃えている姿。
 あの時のアスナの頑張りが実を結んだんだ。ジムリーダーという肩書きは、周りがアスナのことを認めた証拠だ。


「アスナ! よかった! よかったね……!」
「あーもう泣かないでよ……」
「わたし、アスナが頑張ってるの知ってたから……」


 アスナの頑張りが報われた。そう思うだけで、涙は勝手に流れた。ぽろぽろと。
 拭おうとするアスナの手を振り払い、わたしは彼女に抱きついた。


、手が冷たいよ」
「本当におめでとう……!」
「ありがとう。でも、ジムリーダーになったのはひとつの区切り。スタート地点だと思って、あたしはこれからも頑張らなきゃ」
「偉いね、アスナは。でも、無理はし、っくしゅ!」
「ほら。手が冷たいって言ったじゃない」
「くしゅん!」
「泣きながらくしゃみするなよー、もー……」


 泣き笑い、鼻をすすってるわたしにアスナは苦笑いしながらも、体を流すよう促してくれた。
 お湯を頭からかぶり、体を洗って、涙をも洗い流して。私はツツジとアスナの待つ温泉の中に足を入れた。