ただいマルノーム、30



 つくづくポケモントレーナーって変な生き物だと思う。だって私が湯船に戻ったときには、もう二人はポケモンバトルについて盛り上がっていたのだから。もちろんわたしも参戦したけれど。

 みんなしてのぼせるぎりぎり前くらいまでゆったり浸かって、脱衣所でまでポケモンバトルの話をしていたくらいだ。温泉の後はポケモンセンターのすみっこに移動して、それぞれ水分補給のドリンクを買った。わたしは、今回はベタに、少し贅沢にモーモーミルクの瓶を手に取った。


「そういえばあたし、声かけたんだ。がフエンタウンに来るよって」
「えっと……、まずアスナはわたしがここに来ること事前に知ってたの?」
「ツツジさんが教えてくれたんだ」
「そうだったんだ……」


 二人が通じていたなんで、わたしは全く知らなかった。フエンに来るならアスナに会いたいとは思っていたけれど、目的と呼ぶにはあまりにもぼんやりとした願いだった。
 一方のツツジはわたしを誘った時から行く先を決め、わたしの友人にまで声をかけていた訳だ。言い方は悪いけどはめられたのだと知る。


「じゃあ、声かけたって誰に?」
「ナギさん」
「ああ、ナギか……」


 ホウエン地方でナギと言えば、それはもう一人しかいない。
 ヒワマキでジムリーダーをつとめる、ひこうタイプのたぐいまれなる使い手、ナギだ。彼女とももう数年会っていない。


「ここにしばらくいたら会えるかな?」
「多分ね。出来るだけ早く来るとは言ってた」
「そっかぁ……」


 帰りもツツジに合わせるつもりだったけれど、ナギが来るというのなら、フエンで彼女を待つのが正解に思える。だって、せっかくわたしに会いに来てくれるんだもの。その思いを徒労で終わらせるわけにはいかない。


「ナギさんも驚いてたよ」
「何に?」
「あなたのことに決まってるでしょ! あたしもが帰ってきたこと知らなかったし、ナギさんも知らなかったし……」


 わたくしも知りませんでした、と横からエッジのきいた声でツツジが割り入ってくる。ツツジの視線の冷たさに、温泉であったまったばかりだというのに体がぶるりと震えた。


「ほとんどの人が知らないんだね。どうして連絡くれなかったの?」
「いや? しようと思ってたよ?」
「具体的には?」
「おいおい、かな……」


 痛いところを突かれ、アスナの目を見られない。


「本当に気まぐれなんだから」
「そんなんじゃないよ!」
「自覚ないの? ナギさんに、のこと、引き留めておこうかって言ったんだけど、会えなければそれで良いとも言っていた」
「あはは。ナギらしー」
「そうじゃなくて。ナギさんもの気まぐれに慣れてるってことだよ」
「え? えー……?」


 アスナに指摘された“気まぐれ”。その言葉にどくりと脈が鳴った。心臓そのものをとんと指先で押されたような不思議な感覚。


「じゃあ、あたしはジムに戻るね。いつでも来てよ。バトルでも、また一緒に温泉に入るのでも大歓迎だから」
「あ、うん……」


 驚きが整理できないままのわたしを置いて、アスナは去っていく。
 まぬけな顔してるだろうわたしに、ツツジが言う。


「どうするの?」
「まあ、待とうかな。ナギのこと」


 ナギがこちらへ向かっているという情報をもらって、そのまま立ち去るほどわたしも薄情じゃない。


「……ねえ、ツツジもわたしのこと気まぐれなやつだと思ってた?」
「それが貴女の長所でもあると思っているわ」


 長所でもある。ツツジは否定をしなかった。


「心のわがままに率直な貴女が、わたくしは昔からうらやましいの」


 心のわがままというツツジの言葉に、再び胸がどくりと鳴る。
 確かに、わたしは自分の気持ちに率直に従ってきたと思う。いろんな地方へ旅へ出たのは「冒険したい!」という気持ちに従った結果だ。

 友達に突きつけられた「気まぐれ」という評価。その言葉に閉じこめられている、デリカシーに欠けるというほのかなニュアンスが、意外なくらいにわたしに刺さる。
 温泉にあたためられたわたしの血が冷えていく心地があった。