ほとんど暴風と一緒にナギは現れた。私はそれをなんだかひこうタイプの本質に似てると思った。
美しい輪郭に涼やかな目を持った彼女がチルタリスから降り立つ。ナギの姿をとっても、鍛え上げられたチルタリスを見てもその光景は美しいのに、激しい風を受けた私は髪の毛がぼさぼさになる。せっかく温泉に入ったばかりなのに。
ひこうタイプってこうだ。見ているだけなら美しいのに、近くことは容易じゃない。
「ナギ! 久しぶり」
「ええ……」
「ナギのチルタリスも! チルタリス、元気だった?」
チルタリスも私を覚えていてくれたらしい。親しげに頬を摺り寄せてくれて、耳のすぐそばでは美しい歌声が聞こえた。
チルタリスとじゃれあう中、ナギの方は沈黙したまま感情の薄い目で私を見つめてくる。
じっと見られると、なんだか責められているように感じてきまずい。
「えっと、あの、元気にしてました、よ?」
「どうしてそう固くなるの……?」
「それは……」
きまずくなってしまう理由は自分でも気づいている。自分の良くないところ、分かっているからこそ、簡単に言うことはできない。けれどナギに見つめられ沈黙されると、どうも自分から話し出してしまう。
「ホウエンのひとたちに何年も連絡しないままだったこと、私なりに、気にしてるからかな。みんなにも散々言われちゃったし」
「そう……」
「連絡もしなかったし、こっちから会いにいかなかったことも、ごめん。でもね、言い訳に聞こえるかもしれないけど、なんか、ナギには時期が来たらちゃんと会えるかなって思っていたんだよね」
実際私は、ナギ以外の人々にもそう考えている節がある。
会えるひとには、いつか時が来れば自然に会える。会えば離れていた時間なんてなかったように話せる。
偶然という名の必然はあると無責任に考えていて、ナギは特に、運命の力で会えるんじゃないかな、なんて思っていた。
「わたしもそうおもっていたわ……」
「ふふ、ありがと!」
臆することなんて何もない。威圧的ではないのに堂々としたナギの態度でそう言われるとなんだか誇らしかった。
立ち話もなんだから、お店にでも入ってお茶でも飲もうと誘ったけれど、結局二人で焼きたてフエンせんべいの食べ歩きに落ち着いてしまったのはナギと私らしいと言えるだろう。
フエンの生ぬるい風を受けながら話すのは、私たちには合っていた。
フエンせんべいはポケモンたちにも好評な伝統のお菓子だ。
お互いのポケモンにも食べさせるとみんな喜んで、少し硬いおせんべいを牙で噛み砕くなりしている。
ナギがエアームドを出した時に、少しどきりとしてしまったのは押し隠した。
「今はとりあえず実家で一息してる。何も考えないで。オダマキ博士からも特に何も頼まれてないし」
「そうなの……」
「無性に恋しくなって、ホウエンに帰りたくなったから帰って来たんだけど、実際、何をしたら良いかさっぱりわからないの。さっきナギにも言ったけど、きっと時間が解決してくれると思ってる」
ホウエンに帰ってきた。ここで何がしたいとか、どうしたいとか、そういう気持ちを何か抱いて進路を故郷へと向けたはずだった。なのに今、私は自分の気持ちを思い出せずにいる。
だからナギとこうしてまた会えたように、私が次に何をしたら良いか、何をすべきかは時間が経てば見えてくる、見えたらいいと願っているのだ。
「久しぶりに会えたのに、腑抜けててごめんね」
謝るも、ナギは私を肯定も否定もしない。
ナギは頼もしい友人だ。
時期がきたらまた会えること、さっきナギも肯定してくれた。だから時間が解決してくれるという願いもきっと、もう少し強く信じて良いんだろうと思えていた。
ふと思った。今の私は迷い子みたいだ。
「でも」
ナギの涼やかな声。次の言葉は風を切るように私へ届いた。
「あなたはするべきことをしていない」
「え」
「いつだって手をつくした人間だけが、成就の時を待てるの……」
「え」
「少しでもあなたが怠った行いがあるのなら、時は止まったまま……。それは淀んだ停滞に思えます」
「え」
「、あなたは?」
「……、え」
あれおかしい。私は旧友とのんびりおしゃべりをしていたはずなのに。なんでこんな、痛いくらいに心臓が鳴っている、そういう事態になっているのだろう。
でもそう、ナギとはそういうひとだった。
遠くで見ていると美しいばかりなのに、惹かれて近づけばそのストイックさに打ちのめされる。
彼女は自由きままな優しい風なんかじゃない。