あれからナギと何を喋って、どうさよならをしたのかあまり覚えていない。
また会おうと言ってお別れをした時のやりとりより、ナギの声に乗った正論の方がいまだに鮮明で、私の頭をぐわんぐわん揺らしていた。
「……ナギは手厳しいね」
そう、フエンせんべいの最後のかけらをばりぼり噛んでいるヤミラミに話しかける。
厳しい言葉をぶつけられたからといってナギが嫌いになったりはしないのだけど、ただ、立ち尽くしてしまう。
さっぱり分からない。時を待つこの行為は、立ち止まっているわけじゃないなんてどうやったら、何を手に入れたら言い切れるんだろう。
呆然と手の中を見ると手が汚れないようにとフエンせんべいを買った時に渡された紙ナプキンがくしゃくしゃになっていた。
「はぁ……」
肩を落としつつ、せんべいを買ったお店の、備え付けのゴミ箱に捨てさせてもらおうと歩いていく。そんな私はちょっと情けない姿だっただろうに、話しかけてくるひとがいた。
「もし。そこのポケモントレーナーさん」
フエンタウンの住人と思われるおばあちゃんが私へひとつの包みを差し出してくる。
「ひとつ届け物を頼めるかい?」
「わ、なんか懐かしい……」
進むごとにがらりと色彩を変える景色。ここがとても静かなのは、雪と同じように振り続けるえんとつやまの灰が、音を吸ってしまうからなのだろう。
それに空気の匂いも。この115ばんどうろは違っている。
目をつぶって、肺いっぱいに空気を吸って、目を開けると自分の鼻の頭にちょこんと灰が乗っていた。
フエンタウンのおばあちゃんから頼まれたは簡単なおつかいだった。
115ばんどうろを抜けて、ほのおのぬけみちへと下っていく道の途中にある家に荷物を届ける。それだけだ。
ふと、太ももにふやんとした感覚。
「あ、ごめんね」
足元を見るとパッチールがよたよたと後ろずさっているところだ。そのまま後ろに倒れこむ、と思いきや絶妙なバランスでふらふら歩きを保っている。
戦う意思はないようで、そのままちどりあしで草むらに隠れていってしまった。
心配になりながらも野生のパッチールを見送ると、またも太ももに柔らかい感触が。
「わわ、ごめん」
今度は後ろからパッチールにぶつかられる。ブチの模様からしても、さっきとは別のパッチールらしい。
その子も、自分の意思があるのか、それとも振り回されてあらぬ方向へ引っ張られているのか、判断のつかない足取りで赤灰色の草むらに消えていってしまった。
115ばんどうろは、ポケモンの生態系も独特だ。
ここで出会えるポケモンはほとんど二種族に限られている。
さっきから大量発生のごとくふらふらと歩き回って、数にも混乱させられるパッチール。そしてあと一種類のポケモン。
視界の端に銀の翼が見えて、勢いよく振り返る。
「ほんと、私って」
野生の鍛えられていないエアームドなんて怖くない。
けれどどこに行っても、エアームドが視界の端できらつくと、別のきらめきもつられて思い出してしまう。
そんな自分に苦笑いしつつ、いつの間にやら通用するようになったグラエナのかみくだくで、さっさとエアームドを追いはらう。
そういえば、彼にエアームドとどこで出会ったのか聞いたことがなかった。やっぱりこの115ばんどうろなのだろうか。
彼もここで灰まみれになったりしていたのだろうか。
旅する期間は重なっていたところもあった、旅先の街ではない場所でも何度かあっていたはずだ。なのに、あまり彼のそういう姿は思い浮かばない。
ふとかばんを見てみると、数年使うことのなかったはいぶくろがかすかに膨らんでいる。
こうして火山灰が深々と降り積もるのはこの115ばんどうろだけ。だからホウエンを出てしまえば出番の無い道具だ。
「けど、なんだか捨てられなかったんだよね」
火山灰集めは地味だけど、意外とはまるのだ。ビードロはもちろん全て手に入れたし、どれも役に立つので愛用している。
ペコポコと鳴るビードロは、すでに全部を揃えてはある。だけどこうして115ばんどうろを歩いていると、また火山灰集めがしたくなってきた。
「……このおつかいが終わったら、またビードロ作りに来よっか!」
自己満足かもしれないけれど、やりたいことが見つかった。早くこの荷物を届けて、思う存分、灰山の中に突撃したい。
少し早足で目的地へ向かう。
指定された民家が近づいてくると、私はだんだん思い出して来た。
115ばんどうろを抜けて、ほのおのぬけみちへと下っていく。きのみを植えられるふかふかの土を越えて、道の途中にある家。言葉だけでは繋がって行かなかった記憶は、景色と合わさることによって次々に蘇ってくる。
なんだ、私はあそこで何度もお世話になっているじゃないか。
もちろん最初は一度だけ休ませてもらうつもりで訪れたはずだった。だけど頑張って断りをいれない限り、無限にトレーナーとポケモンを休ませてくれる、そんな優しくて親しみ深いおばあちゃんのいる家だ。
あのおばあちゃんは今も元気にしているんだろうか。
預けられた荷物はあそこで、一人で住むおばあちゃんのためと思うと納得できた。
私のことなんて覚えていないかもしれない。けれど、あのおばあちゃんに会えるのは単純に嬉しい。
期待に胸を膨らませて、木々の奥に佇む一軒家のドアを開ける。そこにいたのは、ほぼスキンヘッドとなった頭に燃える赤の毛髪。胸元を開けたシャツが彼が不健全な、ある意味では健全な大人なことが読み取れる男だ。
「か、カゲツ!」
「よっ!」
優しさに満ちたおばあちゃんの家が一切似合わない、カゲツがそこに座っていた。