ダイゴに会おうと思えない。それはやっぱり、わたしの気持ちの問題なのだ。だから久しぶりに会ったダイゴが、わたしに対しどんな反応をとろうと関係ないのだ。
もちろん無関心を示されたら辛い。わたしばかりが長年ダイゴを意識していて、ダイゴにとって自分はとるにたらない人間だったと知ってしまったら、落ち込むどころの騒ぎじゃない。
だけど、ひどい自惚れだけれど、もし彼に好意を示されてしまったら。再会したダイゴが、少年の皮を脱ぎ捨てたであろう彼に、あの頃と変わらない優しさでも向けられたら。そっちの方はわたしにとっては断然恐ろしい。
注がれるそれが例え駆け出しの頃を共にした友情だとしても、彼が好意的な目でわたしを見て話しかけて、懐かしさとかに浸ってしまったら……。あの頃の親しさ、その心地よさに、わたしは簡単に負けてしまうんじゃないかと思う。
「案外会って見たら、大したことなかったりするんじゃないの」
わたしは無言で首を横に振った。
そんな自分は絶対に想像できない。ダイゴに幻滅する自分をあり得ないと思うし、ダイゴがわたしを幻滅させるなんてのもありえないと思ってしまった。長かった旅と同じ時を、わたしの恋も息を続けてきたのだ。
こんなことを思わせるダイゴがにくたらしくて、だけどそういうところがわたしの好きなひとだなと思ってしまう。その想いの強さに、自分でも苦笑するしかない。
隣でずっと耳を傾けてくれていたイズミさんは、ふうと息を吐いた。それはわたしに困惑したがゆえのため息、ではなくて、もっと温かみのある息遣いだった。
「アンタ、気に入った。相手をそこまで信じきっている気持ち、アタシも同じだ」
「イズミさん……」
わたしの言ったことはイズミさんを困らせると思っていたのに、彼女は予想外に全てを受け止める、かっこいい姉の微笑みを浮かべている。
「アタシはアクア団のアオギリ様を信じている。アオギリ様は絶対にアタシを裏切らない。だからアタシも海よりももっと深く団長のことを信頼しているのさ」
「アオギリ様というのは……」
「アクア団の長さ。海はいい。この世界にはもっと海が必要なくらい。、アンタも良かったらアクア団に入りな。アクア団も海も、アンタを受け入れるさ」
「は、はあ……」
「アンタなら大歓迎だ」
なるほど。イズミさんは普段から人に慕われていそうな風格があるけれど、おそらく今言ったアクア団で活躍する女性なのだろう。イズミさんの素性が少し垣間みえた。だけどうっとりとした表情で海とアオギリ様とやらを語る姿にぽかんとしていると、わたしの頬をイズミさんの指先が擦った。
「涙は止まったね」
「………」
「アンタのその男への気持ちの強さ、感じたよ。逃げられない、捨てられないことももうわかってしまったなら、あとは受け入れるしかないんじゃないか」
イズミさんの正論がわたしのど真ん中を貫く。確かに逃げられなかったし、捨てることも結局失敗している。
受け入れる。言葉ではたったの五文字。だけどわたしには漠然としすぎて何も見通すことができない。
「アンタなら大丈夫」
「全然、大丈夫じゃないですよ……」
「アタシが言ってるんだから、信じな!」
その言いっぷりに、へらっと口の端っこが上がってしまった。イズミさんにそのセリフは似合いすぎている。強引で、根拠がない。なのにイズミさんを信じたくなってしまう。
イズミさんは「その気になったらいつでも。アタシとアオギリ様についておいで」。そう言い残して去ってしまった。どこまでもわたしを心配しないで、もう大丈夫を思ったらさっさと先を歩いて行ってしまう。そういうところも、見事な姉御気質だ。
でも確かに。頬が乾いて、鼻水も止まって、多分目元や鼻なんかは真っ赤なんだろうけど、イズミさんのおかげで私は普通に歩けるようになっていた。
アオギリ様のことはよく分からないけれど、イズミさんは女でも惚れそうになる女の人だった。ああやって「ついておいで」とリードしてくれるひとに恋していたらまた違った気もする。
……また彼の言葉が思い浮かぶ。
「なーにが、ではまたいつかあおう!よ」
ダイゴなんて、大嫌いだ。もちろんそれは全然本当のことじゃないけれど。
わたしは気づけばふっと笑い出していた。やっと、ああ家に帰れるなという気分がわたしを包む。
それもこれもイズミさんのおかげだ。
いつの間にかこのホウエンにはアクア団なる団体ができていたらしい。どんな団なのかはよく知らないけれど、イズミさんのようなひとが打ち込む団体なら一度見にいくのも良いかもしれない。
このホウエンにあとどれだけいられるかわからないけれど、アクア団を見に行く日を作るのも悪くないと思うのだった。
翌朝、わたしは見事に腫れた目元で朝を迎えた。
とてもひどい気分だ。昨晩、とてもひどいことに気づいてしまったのだから当たり前か。でもイズミさんの言葉は確実にわたしの背中を押してくれている。それは自分が見たくない、たどり着きたくないと叫びたくなるような現実へ向かう方角だけれど。
「はぁ……」
とても起きたくない気分だ。だけどイズミさんが言ってくれた。
『アンタなら大丈夫』、『アタシが言ってるんだから、信じな!』。彼女の言葉にすがって、起き上がる。
「おはよう、わたしの大事なパートナーたち」
自分の中の、逃げられない捨てられない気持ち。それについては諦め半分の頭で理解できている。
だけどわたしの一番はポケモンたちであって欲しくて、彼らのことを一番に考えられないだめなトレーナーな自分を受け入れるのは、
「無理だよ」
できる気がしないし、したいとも思えないのだった。