ただいマルノーム、37



お母さんがわたしに言いつけたのは、おくりびやまに行くことだった。いつもはお母さんが行くお参りに良い機会だからが行きなさいと、お小遣いまで渡されてしまった。もうそんな子供じゃないのに。


「お供え物、何持っていったらいいかな?」
「そんなのが選んであげなさい。じゃあお買い物いって来るわね」
「はーい……」


ぴしゃりと母親に言われ、わたしは肩を落とした。まあここで手間を惜しまずにかけてあげるのも、供養というものだ。あの子が安らかに眠れるのならば、それくらいおやすい御用だ。
いくつか候補を思い浮かべながら立ち上がれば、ユウキくんがわたしの進行方向を塞ぐように入ってきた。


、待って」
「ん?」
「このまま黙っていなくならないよな」
「そんなこと、しないよ。したことないでしょ?」
「黙っていなくなりはしないけど、何を言っても行ってしまったことはあった」
「ちゃんとお遣いを済ませたら帰ってくるよ。それに勝手にいなくなったりしたことはないと思うけど」
「まあ確かにさんってどこか行っちゃう時はいつも、その地方の話しかしなくなるけどさ……」
「違うよ! 本当に旅立つ前は、わたし、いつもちゃんとさよならを言ってるじゃない」
「そうだっけ?」
「ええ……」


なぜかユウキくんに冷たい目で見られた。心外である。わたしはユウキくんには必ず、出発の前にはなんだかんだ一報入れていたはずだ。他の地方から、新しい地方に行く前もオダマキ博士に連絡を入れて「ユウキくんによろしく」と付け加えていた。言い忘れた覚えはないのだけど。
視線で反発してみたのだけど、ユウキくんの冷ややかな視線の方がはるかに強かった。わたしはそのままアローラに関する資料をバッグに書き入れて、悔しくもオダマキ研究所から敗走したのだった。






おくりびやまに眠るのは、わたしが幼い頃、一緒に暮らしていたキノココだ。わたしのポケモンというわけではなくて、母親に懐いて家で暮らすようになったポケモンだ。おくびょうで気弱なせいかくだったから、優しい母に懐いたのだと思う。
わたしが生まれる前から家で暮らしていたので、小さくともあれはわたしのお兄ちゃんであった。

わたしが6才の時だった。その年の冬、ホウエン地方では珍しく雪が降った。一日限りの雪で、数センチも積もらないような雪だったのだけど、静かな静かな朝に、もうあの子は目覚めなかった。

おくびょうで戦ったりわざを使うことはあまりなくて、わたしたちとただ一緒に暮らすだけだったキノココは、進化をしなかった。育ててあげれば進化はしただろう。
だけど家族に、それができる人間はいなかった。わたしも母も、あまりにポケモンについて知らないことが多かった。
キノココは寿命を全うしたのだとは思う。だけどわたしがあのキノココをキノガッサに進化してあげられたのなら、あの雪の日くらいは越せたかもしれない。わたしがキノココのことをもっと知っていれば、ポケモンのことを知っていれば、あと数日でもキノココと母親は一緒にいられたかもしれない。

人生にもしもはない。起こってしまったことが全てだ。キノココがキノココのまま家からいなくなったことに、わたしは多くの影響を受けた。

わたしはなぜ、ポケモンたちを育てるのか。ポケモンバトルに勝ちたいから、一緒にたくさんの冒険がしたいから。ポケモンたちのことをたくさん知りたいから。様々な気持ちのどこかに、それは大事な留め金のように存在している。
自分の大好きなポケモンたちとずっと一緒にいたいから。いつか終わりが来るとしても、できる限り長く。だからわたしはポケモントレーナーになったのだ。


「よーし、みんなの小さな大先輩に会いに行くよ!」


そう声をあげれば、ポケモンたちもピンと来たようだ。わたしがマップを広げるとグラエナもフライゴンもヤミラミも頭を突き合わせて覗き込んで来る。


「久しぶりだからね、何を持っていってあげようか」


まずはお花を買おう。この季節にぴったりで、だけど彼の眠りが寂しくないようにそっと寄り添ってくれるような花束を。まずは104ばんどうろ、フラワーショップのサン・トウカからお花を買う。それから、キノココが好きな味のきのみをとってこよう。どうせならもぎたてが良い。おくりびやまの通り道にあるし、きのみめいじんさんの家を一度寄って行こう。
めいじんに奥さん、元気にしているだろうか。また何年も前の記憶がよみがって来る。


「……、あ」


おくりびやまに行くなら、キノココ以外に会いたい存在がいたのをわたしはふと思い出した。今は四天王になっているというフヨウは、元気にしているだろうか。

プランは決まった。まずはサン・トウカに行く。それからフヨウへ持って行く手土産を見繕う。新鮮なきのみを持って、おくりびやまに行く。次の旅についても、ダイゴについても考えなくて良い理由を見つけたわたしは気分明るく、出発したのだった。







フヨウへのお土産は、わたしがカロス地方から持ち帰ったミアレガレットをいくつか。それにフエンせんべいに決定した。フエンせんべいは手土産としては定番中の定番だけれど、きっと彼女の祖父母が喜んでくれることだろう。
事前にフヨウに連絡はとっていない。彼女は四天王になったのだ。今の四天王の中では最年少だろうし、邪魔はしたくない。もしいなければ彼女の祖父母に一言つたえて、帰るつもりだった。

だけどさすがフヨウと言うべきだろうか。彼女はおくりびやまの入り口に立っていて、わたしを見つけるなり大きく手を振ってくれた。わたしは、本当に連絡ひとつもしなかったのに。
冷や汗を隠しながらわたしも手を振り返す。


「久しぶり、ちゃん!」
「フヨウ、久しぶりー!」


笑顔満開のフヨウが駆け寄ってきて、ぎゅっと抱きしめられる。頭に飾られたお花の香りと、かすかな煙の香りがわたしの鼻腔をくすぐった。相変わらずフヨウは個性的だ。普通の女の子のようで、決してただの女の子ではない。


「でもほんとにちゃん、ホウエンにいたんだね!」
「え?」
「この前、カゲツとダイゴさんが、リーグですごーく気まずそうな空気になってて」
「………」


くそう、油断した。フヨウからこんななんの予兆もなしにダイゴの話題をされるなんて。わたしは笑顔を固まらせることしかできない。


「カゲツがダイゴさん相手に気まずくなってるのはよく見るけど、ダイゴさんの方があそこまで顔引きつらせてるのはあまり見ないから。だからあたしにも分かっちゃったよ、きゃはは!」
「うう……」
ちゃん、どうしたのー?」


そうか、フヨウの話を信じるならば、ついにバレたらしい。わたしが今、ホウエン地方に帰ってきてること。そして、無言電話をしてしまったこと。今更だけど気まずい、気まずすぎる。無言電話という時点で、わたしがダイゴに何かしらの感情を抱いていることが伝わってしまった気がする。
そしてまた、ダイゴが顔を引きつらせていたらしいという情報が、わたしの心をかき乱した。

ダイゴはどんな顔をしていたのだろう。想像したくもないのに、頭の中にほわほわとあの顔立ちが浮かんできたのでわたしは大慌てでその妄想を頭から追い出したのだった。


「あ、これお土産です。みなさんで食べて」
「わっ、嬉しい! ありがとう、ちゃん! ちょっとお茶でも飲んで行かない? 久しぶりに喋ろうよ」
「もちろん。わたしもフヨウと色々喋りたい。だけど」
「うん、わかってるよ。まずはあの子に会いにいってあげて」


 フヨウが目を細める。と同時に冷たい風が吹いて肌を撫でて行って、わたしは身震いをした。
 わたしたちの家族のキノココの魂がどうしているのか、フヨウは知っているのかもしれない。けれど、わたしはそれを聞かずにおくりびやまを登り始めた。