マーレインさんのお話のつづきというか同じ設定でまた書いています。過去の1シーン。




 友人たちに、おやつどきのカフェへと誘われたのに、私はごく自然に断りの言葉を口にしていた。その子たちが決して嫌いだったわけではない。ただ、考えるより先に口が動いていた。ごめん、行きたいところがあって、と。
 同性の友達と甘い飲み物を片手におしゃべりするよりもこれからの予定の方が私にとって価値を持っているらしい。そうだったのか。ぬるい海風に吹かれてながら、私は自覚なく自分の意識の奥に刻み込まれていた価値観にふと、気付かされていた。落ち着かない心地がして、髪の毛の先を触った。
 向かう先は砂浜だ。波打ち際を見渡すともうすでに私を呼びつけた人が立っていた。

ー!」

 熱い砂に足をとられつつも私は片手を軽く上げて答えた。ククイは、たかが私を呼ぶだけにも全力の声を出す。

「ちょうどいいところに来てくれたな!」
「そう? いつもと同じ時間だと思うけど……」
「今日もよろしくな」
「はいはい」

 ククイがバックから取り出したノート、それとビデオカメラを受け取って、適当な距離まで下がった。

「はじめるぞー!」
「こっちもいいよー」

 ククイはモンスターボールからイワンコを出すと、次々にわざを指定させ、時に自分に向かってわざを繰り出させる。少々呆れながらもそれらを記録するのが私だ。技の回数、繰り出した順序、強さ、持続時間、飛距離などなど、などなど……。
 ククイから直々に声がかかり、この手伝いを始めたのは先月からだ。ノートを数ページ遡れば私の書いた字が載っている。上からククイが発想を書き足した跡も残っている。

 ビーチの青い空と海に目もくれず、ポケモンの技に夢中で見入っているククイはやっぱり奇人である。明るくて社交的で、行動力があって、義理堅いところなんかが人から好かれるんだろう。けど行きすぎた情熱を胸にイワンコの技ひとつひとつにあんな目を輝かせることができるのは、やっぱり変人だ。
 そんなククイに、私はあっけにとられてばかりいる。だけど時々、ククイへ熱い視線を注いでいるのがバーネットだ。

「全く、なんであんなのが好きなんだろう……」

 乾いた笑いが溢れる。ククイのいいところはわかるけれど、異性としての魅力は感じない。私のような女にとって彼は暑苦し過ぎて、一緒にいても安らげないなと思うし、研究に関しても、歩調が合わないのだ。そういう意味ではバーネットとククイは近いタイプの研究者と言えるだろう。ククイを好きになる心情は理解できないが、二人は案外いいパートナーかもしれない、なんて思っていた時だった。

「君たちは今日もここかい」
「マーレイン」

 ククイのそばにいると、かなりの高い確率でマーレインが来る。こんなことをほんのり意識している私は、多分、そういうことなのだろう。

「どうだい、ククイの手伝いは楽しいかい?」
「楽しいからとか、そういうわけじゃないんだけど……」

 私は口ごもって、どう答えようかと結構な速さで考えを巡らせていたというのに、とうのマーレインはマイペースに持ってきた袋の中を漁っている。
 そしてひとつを取り出すと私へ差し出す。

「はい。ビーチは暑いだろ」
「あ、ありがとう」

 少し汗をかいたサイコソーダのボトル。ついた水滴が私の手をつたって肘からぽたりと砂浜へ落ちた。

「マーレイン、お金払うよ。サイコソーダって確か値段は……」
「いいよ。気にしないで。頑張る君たちを応援しているんだ」

 マーレインは先に、自分のサイコソーダを開封していた。むずむずを押し殺しながらノートを脇に挟んで、蓋を回すと少しだけ揺れたらしいサイダーが、指の隙間から滲んだ。溢れる前に唇で吸ってしまえば、炭酸の苦味の映える透き通った味がする。
 袋にはあと一本、ククイの分が残っている。うん、ククイとマーレインは友達だもんね。私はククイのついでだ、分かってる。そうだとしても、頭数に換算されていたことがどれだけ嬉しいことか。マーレインが私もここにいるとわかっていてくれた、ということじゃないか。にやける口元を隠すようにまたソーダに口をつけた。

「美味しー……」
「喜んでもらえてよかったよ」
「本当にありがとう。今度、なにかお礼させてね」

 何が好きなの、マーレインは。
 せっかくお礼するなら貴方が喜ぶものを送りたい。目的はシンプルで、質問にやましさはないはずなのに、なんとなくそれが言えなかった。好きなものが聞けないばかりか私は横さえ見れなくて、サイコソーダのボトルを砂に置いてククイの方ばかりを見る。

 ククイを手伝ってると、マーレインに会える。なんて、ばかばかしい下心だ。会っても上手に喋れるわけじゃない、好意を表すことは怖くて、彼への好奇心も思ったようなは満たせない。でも他の予定より、このチャンスを優先させてしまった私はやはり、この片思いをスタートさせてしまっている。