※ダイゴとミクリの友情夢「きみはフレンド」の続きです。



 どうしてこんな事になっているんだろうか。
 ポケモンコンテスト。それ取り仕切る会場は、本日開催祭されるマスタークラスを誇るように、これでもかと豪華な横断幕をかかげている。それを背にして笑うのは私の友人、ダイゴだ。

 偶然の再会だと思えたらよかった。そしたら数奇な出来事に、私も無邪気にはしゃいだだろう。
 だけど目の前に立つダイゴは、私を待っていたという顔をしている。
 私はダイゴのこと誘った覚えも無ければ予定を話した覚えも無い。なのに待ち人が現れたというようなダイゴの笑顔に、こっちの顔はひきつってしまう。

「なんでここにいるの?」

 今日の私の予定はのんびりと、ミクリのコンテストをひとりぼっち観戦のはずだった。それを壊しにやってきたダイゴは笑顔で答える。

「ミクリが教えてくれたんだよ、今日がミクリのパフォーマンスを見に来るってね。そっちこそ。ミクリがぼやいていたよ。ようやくが本気の私を見にきてくれることになった、ってね」
「私はただ……、ミクリに珍しいきのみを譲ってたお礼に来て欲しいって言われたから……」

 そう、事の発端は、私がこの歳になってきのみ作りという趣味にハマったことである。
 優秀な同期トレーナーに囲まれながらも、無事トレーナー修行の旅をひと段落させ、愛するポケモンとの悠々自適生活に着地した私。
 ホウエン地方で送るのんびりとした日々の中。ある日、なんとなく育てたきのみの出来が良かったのだ。天気が良かったおかげもあってか、ツヤツヤとして色味も綺麗で、しかもポケモンに食べさせると反応も上々。その日から、育てることも楽しければ収穫も楽しい、ポケモンも喜んでくれるきのみ育成という趣味に私はハマっていった。

 しかし育成の手を広げれば自然ときのみが余り出す。
 せっかく育てて収穫したきのみを有効活用できないか。行きつけのフラワーショップの店員さんに相談を持ちかけると、店員さんはは良い手がありますよ、と教えてくれた。

『そういうのは、ポケモンコンテスト関係の人に連絡をとってみてください! あそこの人たちはポロックのために良いきのみをいつでも求めているんですよ!』

 なるほど。求めてるひとにきのみを売ったり、譲ったりするのはすごくいい案だ。
 その時点での私は、次の肥料を買ったりできる程度に、そこそこの値段で取引できればと思っていた。けれどあれよあれよとミクリにたどり着いたいうか見つかってしまい、彼の手と厳しい品評の目によって、さらなるきのみ育成の深層へと引き摺り込まれてしまったのだった。

「色々注文つけられて大変だったんだよ! ミクリもやっぱり半端じゃない知識持ってるから、私の方がしごかれた部分もあって……」

 ミクリの要求レベルは正直言って高かった。見る目も厳しいし、きのみとしての良さと、ポロックにした時の品質の良さを両立させなければいけず、時に悪夢まで見るほど悩まされた。
 でも、なんだかんだで私もポケモントレーナー。高みを目指す楽しみを知っているおかげか、なんとかミクリに食らいついて行き、今では土の良し悪しなんかにも詳しくなってしまった。

「まあおかげで老後はきのみ農家としてはやっていけそう」
「ふうん。土地を買うならボクも協力するよ?」
「いきなり話がデカいのよ、あんたは……」

 そういえば。私の育てたきのみを見定めているミクリは、何度か思い出の中にあった少年のダイゴに重なった。メタルコート品評会をする時のダイゴに。
 メタルコート品評会とは。ダイゴが私のカバンから手持ちの石やメタルコートを出すように言ってきて、従うと自動的に始まる会のことである。
 独特の語彙で熱く語る男達。ダイゴはメタルコート、ミクリはきのみもといポロックについてだったけれど、二人はこういうところが似てるのかと思わせられたのだった。

「まぁ来ちゃったならしょうがないか。よし、ダイゴ! コンテストが始まる前に、なんかフード類買いに行くよ!」
「いいね、行こう!」
「言っておくけどダイゴがお金出してよね。やきそばとサイコソーダ代、まだ貰ってないから」
「あ」

 久しぶりに再会をした一発目に人に奢らせておいて、ダイゴはそのことをすっかり忘れていたらしい。目を丸くしてるダイゴを「早く!」と誘いながら、私はコンテスト会場内へと入っていった。





 ドリンクに軽食、それからおみやげ。好きなの買ったらいいよと言うダイゴのお言葉に甘えて、少し贅沢な買い物をさせてもらった。両手に溢れそうなスナックとドリンクを抱えながら、私とダイゴは席についた。
 席はなんと隣同士。どうせダイゴも来たがると見透かしていたミクリが、連番をおさえていてくれたらしい。

 まだ明るく、がやがやとしている場内。味の濃いスナックとサイダーを交互につまみながら、ダイゴはにこにこと彼らしい話題を振ってくる。いつの間にやら行った遠い地方の話や、暇してるなら洞窟にでも誘うだとか。
 適当に相槌を打ち、私も最近面白いトレーナーには会ったかなんて、トレーナー同士なら誰でもするような普通すぎる雑談をしている。普通すぎて、相手がこの地方のバトルを統べるチャンピオンであると一瞬信じられなくなりそうだ。

「ねぇ、ダイゴ。そういえば、さっきの質問にちゃんと答えて欲しいんだけど」
「ああ」

 彼はなんだかんだ頭の回転が早い。ダイゴはすぐに、私が言わんとしてる事に思い当たったようだ。

「つまりはこう言いたいんだよね? 自分がミクリの出るコンテストを観に来ることと、ボクがここに来る理由は繋がってない、って」

 さすがの鋭さに驚きつつ、私は頷いた。
 私とミクリとダイゴ。3人はお互いの若き日を知る、友人同士だ。特にトレーナー修行をしていた時は3人で行動する事もあったし、情報交換をしたり、何度もどうぐを融通し合った仲ではある。
 だけど、お互いを縛るような関係でなかったはずだ。ミクリと私がいたら、ダイゴが揃わなくちゃいけない事情は過去にも今にもない。

 そう、私には、ダイゴがここにいる理由がわからなかった。
 だけどミクリはダイゴを誘ったし、ダイゴは私の目の前に現れた。こうしてこのコンテスト会場に3人が集まろうとしてる。

「キミとミクリがいれば、ボクが行く。ボクとがいたらミクリが来る。ボクとミクリが集まればキミに会いに行く……。確かに変わっているのかもしれないね」
「う、うん」
「ボクも最近までその答えを持ってなかったんだ」
「今は、答えがあるってこと?」

 ダイゴが私に向き直って、思わず息を呑む。
 さっきまで私は、彼がチャンピオンであることを忘れそうになっていた。だけど一対一で対峙しようとするダイゴは、こちらに変な緊張感を強制的に握らせる。
 けれど次に出された答えは、拍子抜けするようなものだった。

「好きだから、だと思うよ」
「………」

 緊張感と王者のオーラはどこへやら。思わず閉口した。それからすぐに、ため息をついてしまう。だいぶ重ためのため息だ。
 ダイゴは時々、こう言うことを口にする。キザなように見えて、天然ものなのかと疑いたくなるタイミングで、まっすぐでつよくて、ずるい言葉を使う。
 慣れたものな私は早々に気分を立て直し、ダイゴの続きの言葉を待つ。

「好きっていうのはボク自身の話だよ。ミクリと一緒にのことを考えているボクが好きだし、こうしてキミとミクリのことを考えている自分のことも好きなんだ」
「ふーん……」

 そういえば、日差しの中、伸びてきた木々の横で、たしかに私もミクリと話をした。相変わらず、互いになんだか気になる、ダイゴのことを。
 たわいもないことばかりを話したけれど、お互いに会話が尽きなかった覚えだ。不意にミクリの、ちょっと素っぽく笑い出した瞬間を思い出すと、私はダイゴの言葉に思わず頷いていた。

「……たしかに、ダイゴのこと話してるミクリの表情、なんか良いんだよね」
「ボクは今そうやってミクリのことを考えてるを見て、良いなって思う。キミとミクリを見ているのが好きで、二人を見てる自分自身がボクは同じように好きなんだ」

 なんの違和感もない、ダイゴが自分自身を好きだと言う姿。
 自分が好きだと思える自分のために、ここに来た。誰かのためじゃなく自分のため。至極ダイゴらしい理由が、お腹の底にすとんと落ちてきて、私は口を閉ざした。

「そしてこれからボクたちは二人でミクリのことを見届けて、ミクリのこと考える。この時間はいいものだとボクは思うな」
「うん……」
「ボクとミクリの仲をが繋いでくれるように、今日のボクは、とミクリの仲を繋ぎにきたのかもしれないね」

 別にわざわざ来なくとも、繋いでくれてたよとは、口には出さなかった。

 場内がふっと暗くなり、スポットライトが中央ステージへと向けられる。
 そっと横を見て、ステージライトに輪郭のみ照らされたダイゴの表情を盗み見た。整った顔立ちに浮かぶものを見て、深く安心してしまう。
 この感覚を何と言ったらいいかわからない。けれど、ダイゴでなければ、ミクリでなければ抱けない、不安とは無縁な時間がそこに流れ出していた。

 もう一度。横のダイゴを伺うと、ぱちりと目の合ったダイゴが、ステージに視線を戻しながら言う。

も。今日はボクとミクリを繋いでくれた」
「そういうの、わざわざ言わないでよ。……十分、わかってるから」
「うん」

 明かりが落ちていても案外くっきりダイゴの表情が見えてしまったあたり、ステージ上からミクリも私たちを見つけるだろう。
 それにミクリが言っていたのだ。極限の集中の中にいると、音が消えて、全てがスローモーションになって、観客一人一人の顔がつぶさに見えることがあるのだと。
 だから、ミクリ。きっと、あなたを見守って良い表情を浮かべる顔が二つ並んでいるところを、あなたは見つけてしまうのだろうね。

 コンテストの幕が開ける。私とダイゴを繋ぐ、ミクリへと。